マイナー病気録

思えば病院とは縁の切れなかった人生。こんな感じで向き合ってきました。セカンドライフ、移住します。

チラーヂン増量、いい感じです✨・・・が💦

バロメーターはまぶたと口と・・・

 前回書いてから、なーんと1カ月も経過していました!

 これはいけない・・・💦甲状腺の話だけじゃなく、良性腫瘍を取るプチ手術も経験したので書きたい気持ちはあったんですけど、時間を作るのが下手なんですよ・・・こまめにブログ更新をされている方たちはすごいですね✨

 前回のブログは5月末で、甲状腺やら喘息やらをマルっと診てもらっている総合病院内科の通院日は6/17でした。えーと、12日も前ですね😅

 その前の5月に、チラーヂンが100μgから125μgへとめでたく増量されたので(それでも暑くなったから私的にはイマイチ足りない気がしますけど)、6/17にはその勢いに乗ってさらなる増量を・・・とはなりませんでした😅残念!

 まあ、現状維持でもいいです。以前みたいに100以下に減らされる悪夢にはならず、125キープですからね✨✨上出来です。

 朝起きて「このところ調子が良いよね、別人みたいだよね」と家族にも言われます(・∀・)しばらくはこのままで、体調回復と行きたいところです。

 実感としては、まず、まぶたが開けやすくなりました。あんなに重かったまぶたが!自ずと薄っすら薄目でいたんですが、まぶたにかかる重力に負けていたのだなと、今になると思います。まだ少々重みは感じているので完璧でもないのですが、まあ大丈夫。

 また、口の脇の、頬に縦に走る筋肉が疲れるので、口の開閉をこんなに意識させられるなんて💦と思っていたのですが、今やナッツをバリバリ食べながらこのブログを書いている始末です。アハハです。まあ、こちらも全く疲れない訳じゃないのですが、好転しました。

 思えば食欲もなく、腸の動きも悪くて便秘だったし。食べないのに痩せず、全身が浮腫んでいました。脚も象足で。今は顔が一回りしぼんで、その辺りが徐々に改善されてきたと思います。

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 できたら、もっともっと指の浮腫みが改善されてほしいですね💦結婚指輪がパンパンに浮腫んだ指に食い込み、かなり痛かったんです。消防署でお願いして切ってもらうしかないか・・・と家族とは話していたので。

AIと患者の言うことはお嫌いですか💦

 通院日には、前回にも書いたようにAIのご託宣をプリントアウトして持参しました。

 最初に診断された甲状腺専門医に「あなたは甲状腺が壊れているから、もう甲状腺刺激ホルモン(TSH)は気にしなくていい、甲状腺ホルモン(FT4)だけをチェックして行けばよい」と言われた記憶が20年以上も前の話だったので自信が無く、「医学的に合ってます?」とAIに聞いてみた回答です。「合ってる」とのことでした。

 この前の通院日に大体そんな話を担当医にして、足りないと訴えているチラーヂンをめでたく増量してくださったのだから、今回はスムーズに話が進むかと思いきや・・・やはり担当医は手ごわかったです。(とはいえ、前述したように、前回と同じ125は結果的に処方してくれてますからね、良かった良かったです。)

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 まずね、担当医に渡したプリントアウトは、手渡した途端にそこら辺の脇に置かれてしまって、私の前では一瞥もしてくれませんでした。ええ~💦そんな~。

 慌ててプリントの内容(AIの回答)をざっと口で要約しましたが「AIはそう言うんでしょうけどね」と言いつつ、血液検査の結果の方に集中している様子で、そちらをガン見。TSHの値がさらに低下しているのが、どうしても気になっちゃったんでしょうね。

 もう、TSHは私の場合は指標とならないので、参考程度で重要視しなくてもいいと前回も言いましたよ~。FT4だけ基準値に入っていればいいんですよ~それもまだちょっと低いよね~聞いてますか~💦(心の声です😅)

 まあ、甲状腺は専門外だから、イレギュラーなことを言われても怖いんでしょう。その気持ちはわからないでもないです。

 とはいえ、20年以上も前に専門医で診断がついて決着している話なのです。途中、誤解をした医師がひとり挟まりましたが、チラーヂン量を元に戻せば患者は体調が回復して万々歳だと患者が言っているのです。何の文句があるのでしょう。

 納得できないのはTSHに拘る担当医だけ、あなたを納得させるためだけに、専門医にまた診察を請えと?医療資源を無駄遣いさせる気?こちらも更に費用を払って遠方に出向くのは嫌なんですけど?・・・と、強めな言葉が頭の中をグルグルしちゃいました。

 診察室を出たら、事務の方がAIのプリントアウトを持ってきて「先生、お読みになりましたのでお返しします」と仰いました。「ありがとうございます」と受け取りましたが・・・いやいや、あの様子じゃ読んでないよね💦

なぜか患者の体感と逆?😞

 不思議なことに、甲状腺ホルモンは暑くなる夏よりも、寒い冬の方が必要量が増すとの研究結果があると聞かされることがあります。夏には増やしてほしいと言うと、多く必要なのは冬でしょう?みたいな感じで。

 ですが、体感的には全く逆ですね。なんでそんなことになっているんでしょうか。

 お隣の奥さんの妹さんも、甲状腺機能低下症で夏場は辛いと訴えているとか。「そーですよねー!お医者さんはなかなか分かってくれないんですよ」と、思わずお隣さんにも言っちゃいました。

 冬に寒かったらそれなりの服を着たりすればいいですし、エアコンもホカロンもあります。南極や冬山で、薄着で生活している訳でもあるまいし、そんなに寒い中に居つづけることもありません。自力で盛んに発熱する様子もなく、冬は甲状腺では困っていません。

 しかし、夏の暑さはどうしたって避けようがなく、汗を結構かきますよね?エアコンや扇風機だって限界があります。普通に生活をしていれば、ずーっと冷えた家の中に置物のように動かずいる訳には行きません。動いて汗ばんで、ハッと気づくと手足が浮腫んでいます。

 地球温暖化を否定する誰かさんのせいで、これからの7月8月・・・下手すると10月ぐらいまでの夏が、毎年更に更に暑くなっていくのは目に見えていますから、それが怖いですね。8月の通院日に、また担当医相手に「チラーヂン増量お願いキャンペーン」を展開することになるのかもしれません・・・💦

 どこか近くに、小さいクリニックで甲状腺と喘息を診てくださるお医者さん、いませんかねえ・・・。AIに相談してみましょうか。

医者の誤解を跳ね返し?めでたくチラーヂン増量🎉🎉🎉

私の甲状腺は壊れているんです

 昨日は通院日でもないのに、朝から出かけて主治医と話をしてきました。あ、実際に会えたのは昼過ぎでしたけど😅💦前回ブログで「明日行く」と書いたのに行けず、ようやく都合がついて急に決行しましたからね~。待つのも仕方ない覚悟でしたが、鈍行で東京に着けるくらいの時間を待つことになりました。

 目的は、チラーヂン増量です。甲状腺ホルモン剤ですね。暑くなってきた今月に入って以降、しんどくてしんどくて、体感的には全然足りません。もう限界を迎えていました。それで!思い切って担当医との談判を決行しました。

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 急遽することになった採血結果の表を前に、現在の担当医が赤ペンでグルッと印をしたのはTSH-IF(甲状腺刺激ホルモン)と書かれた部分でした。このTSHの働きかけで甲状腺ホルモン(FT4)が甲状腺で作られるというのが私のザックリ理解です。普通ならね。

 しか~し、ですよ。私の場合は「TSHは気にしなくて良い」と、最初に慢性甲状腺炎との確定診断を下された時に甲状腺専門医に言われていたので、一体何かと面食らいました。私が気にすべきはFT4であって、TSHじゃありません。なのに、医者は最も大事だと言わんばかりにTSHに赤ペンで印をして「この病気は・・・」と説明を始めたので、心底驚きました。

 いやいや、驚いている場合じゃありません。誤解を解かねば。きっと、担当医は私の甲状腺が「弱っているだけ」と思っているんでしょう、もう、そうじゃないのだけど。

 私の甲状腺は既に「壊れている」ので、いくら刺激ホルモンTSHが甲状腺を刺激しても、甲状腺からホルモンは出てきません。生きていくために私ができることは、甲状腺ホルモンをチラーヂンという薬で補っていくだけです。

 担当医にはもう必死で、私の場合、甲状腺は機能亢進状態が発現して3年間39度前後の高熱が続き、その後、機能低下に転じて熱も下がったが、身動きが取れなくなったことを説明しました。

 そうしたら、主治医はTSHの値に「L(低い)」と書かれていることを理由に、実はFT4を補うチラーヂン(甲状腺ホルモン剤)を減らそうと考えていたと打ち明けたのです。やっぱり誤解していたんですね~💦それじゃ私は余計に困ります。

 最も気にしなければならないFT4が基準値の範囲なのだから、それでいいんです。(それも、実はチラーヂンを増量して飲んでいたのにFT4は基準値内でした。)だから、TSHは気にしなくても良いんだってば💦(心の叫び)

 まだ甲状腺が生きていたらね、TSHに目が行くのは正解でしょう。でも私の場合、甲状腺は完全に壊れているのです。もうTSHを気にしても仕方ないのです。

 その基本が理解されていなかったために、ずっと他の医者とも話が通じてこなかったのだろうと、今更ですが、今回の担当医との対話で気が付きました。参考程度に見ているのだろうと思っていたTSHを、まさか重視されていると思っていませんでした。

患者の話を聞かない医者が担当に

 今思えば、ボタンの掛け違いが起きて、TSHがしゃしゃり出てきてしまったのは、ふたり目の専門医に交代以降なんでしょうね。担当医が彼女に交代して、いきなりチラーヂンの処方量がガクンと減らされたので間違いないです。

 せっかく確定診断が付き、体調を調えていける時期だったのに・・・こちらは3年間の高熱続きでグッタリ、それから長期間、彼女が担当医だったのはなんと不幸だったことか。

 この担当医は暖簾のよう。「暖簾に腕押し」の言い回しのように、こちらが説明してそれを聞いている風情もなく、どうしてもこちらのしんどさ、苦しさは理解してもらえませんでした。

 いつも検査結果だけ見て「あ、いいですね」で診察は終わります。たまに甲状腺を触診して、「あれ?思ってたのと違う?」みたいな表情をすることはあるのに、取り付く島もなくて、私の話は全然聞かないと心に決めているような先生でした。

 だから、こちらでも諦めてしまったんですよね。担当医を変えてもらえば良かったのか・・・でも、当時は大きな誤解をされているとは思いもしませんでした。

 診察は半年に1回だったので、多少自分で飲む量を調整しても支障は出なかったので、何とかガマンできました。でも、暑い時期は体調が崩れてチラーヂンが足りなくなるので、わざわざ彼女がいない日に病院に行き、他の医師にこちらのしんどさを説明したこともありました。

 でも、代わりに出てくる若手の専門医は、私の担当医の考えをなぞるだけ。ベテランの先輩医師に反した判断をすることはありませんでした。

 最初に確定診断を下した専門医は口が悪く、ただ目の前に座っているだけで良くそれだけ思いつくねと感心するぐらい、患者を言葉でいたぶるようなところがあり、医者以前に人としてどうなのかと思っていました。

 が、それでもまともな診断をズバッと下してくれたのには感謝です。数年に渡りタライ回しにされてきて、時には入院が決まった上で当日に準備をして向かったのに玄関で追い返されたりしてきたので、診断が出た時には感激でした。

 ただ、彼は後任の担当医にちゃんと引継ぎをしたのかどうか?してなかったんでしょう。そう思うと、今回判明した悩みの種は、彼が作ったものでもあったんでしょう。

 その種を大きく育て立派な誤解にしてしまった次の専門医の彼女は、前述の通りです。引継ぎを確認せず、患者の話も聞かないで思い込みだけでの長年の診療。本当に苦労させられました。ああ、悔しい。

 

移住して決別できて良かった

 移住するにあたり、「半年に一度なのだから東京に通院しなさいよ」と当時の担当医の彼女に言われ、私は「はい」と答えましたが、その気はさらさらありませんでした。転院先に紹介状を書くと言われたくなかったため、黙って転院するつもりでした。

 現在通院している転院先で、新たな担当医に自分なりに病状を説明しましたが、主にこちらの訴えは「チラーヂンを減らされたままで苦しい」でした。前の担当医は自分のためになっていなかった、というのは強く感じていても、医学的にボタンの掛け違いが生じていたとまでは自分では分かっていなかったせいですね。

 その時は、移住先での新担当医の「本人の体調が良いのが一番」という判断によって、チラーヂンの処方量は最初に確定診断を下した専門医のそれと同等に戻され、救われました。今回、「それで良しとする」とカルテに書いてあったと知りました。

 患者の訴えを受け入れて決断して下さり、感謝するしかないですが、その医師は異動のため半年でいなくなってしまいました。

 現在の担当医に代わり、そして、鬼門の汗ばむ季節が到来。体調が悪化して動けなくなり・・・またこちらの訴えは例の専門医のように聞いてもらえないかもしれない。増量してもらえないなら、もう諦めて、海外通販でチラーヂンを購入するか・・・最近の私は、それぐらい追い詰められていました。

 その前に、新しい担当医にもう一度だけちゃんと説明して増量をお願いしてみようかと、若い担当医の頭の柔らかさに賭けたんですよね。

 結論を引っ張ったつもりはなかったですが・・・ということで、めでたく増量してもらえました!1日当たり100μが125μにしてもらえました。ああうれしい😢😿😢😿😢😿😢😿😢😿😢😿😢😿感謝感激雨あられ!です~。

 ただ、「しんどいのは他の病気が心配」だとか「内分泌の医師に診てもらった方が」とか、挙句は「以前の専門医に話を聞いても良いか」などと抵抗はされました。しかし、20年ほど前の「タライ回し」の実績を・・・何人もの内分泌の専門医に診てもらい、東大の医科学研究所にも受診し、数年を経て甲状腺の専門医で確定診断がついて、それなのに現在、話がねじれて変になっているのに?とこちらも抵抗しました。

 何より、チラーヂン増量で体調が回復するのですから、それで十分のはず。その結果と、患者の言葉だけでは医師はどうしても不安みたいですね💦

 担当医には「来月の受診日は絶対来て」と帰り際にわざわざ念を押されました。大丈夫、ちゃんと増量してくれたのですから、感謝して行きますとも!血液検査の結果と、体調がどう上向いているか、私も楽しみですよ😊

患者の強い味方=AI

 慢性甲状腺炎との確定診断を受けたのは、もう20年以上も前のこと。記憶にも自信が持てないので、何かと悪い方に話題のAI相談ですが、聞いてみました。

 「TSHは気にしなくても良い」と言われたように記憶しているけれど、それって医学的にどうでしょうか?という質問です。状況を説明した上で聞いてみました。

 回答を抜粋してみましょうか。AIはCopilotです。

  • 「甲状腺がほぼ機能していない場合は、TSHが低くても問題ない」という考え方は、医学的にありうる状況です。ただし、TSHを完全に無視して良いという意味ではなく、FT4を主に見て調整するという意味で正しいという位置づけになります。
  • つまり、医師の間にあるのは、TSHは制御の指標としての役割が弱くなるため、FT4を中心に見るという考え方です。
    • TSHは本来「甲状腺にホルモンを作れ」と命令するホルモン
    • しかし、甲状腺がもう反応しない➡命令しても意味がない
    • そのため、TSHが低くても高くても、体のホルモン量はチラーヂンの量で決まる
  • あなたの場合、「甲状腺が機能亢進→数年の高熱→その後機能低下→チラーヂンで維持」 という経過からすると、甲状腺がほぼ働いていない可能性は十分にあります。
  • そのため、医師が「TSHは気にしなくていい」と言った記憶は、医学的に筋が通っていると言えます。

 おお・・・私の記憶は合っていたようですね。そして、こうきれいにまとめられると、確かにマルっと信じたくなります。正に、自分の言いたいことを言語化してくれていますから。

 そうか、次回の診察ではこの回答のプリントアウトを持って行って担当医にチェックしてもらいましょう。患者のうろ覚えで拙い説明よりも、このAIのきれいな回答の方がスムーズに物事を運んでもらえそうです。

 ある意味、口下手な患者の強い味方の出現です。次回の診察も報告しますね😊

歌い終わって疲れて疲れて💦チラーヂンが足りない

合唱団の演奏会が終わり、脚は象のよう

 のんびりと桜を眺めて歩いていたのは、既に1カ月以上も前のこと。なんて月日の過ぎるのは早いのでしょう。ぼやぼやしていると何も成さないで今年も終えてしまいそうです。

 私が参加させてもらっている合唱団は、毎年定期演奏会を開催しています。こんなにたくさんの曲、とてもとても歌えるようになんかならないよ💦と泣きごとを言うのは毎度のこと。それでも不思議なことに、当日はなんだかんだと舞台に上がって毎年歌っている感じですね。

 一人じゃとても無理、だけど皆で歌うから歌えるというか・・・指導の先生や他の団員の皆さんの助けで「歌えるようにしてもらっている」んだと思います。本当に不思議な感覚です。

 今年も2時間弱の間、立ちっぱなしで歌いっぱなし。70代のシニア主体の団体なのに、どうしてそんなことができるんでしょうね(私はアラカン)。80代後半の人も立っていました。体力在り過ぎです。

 ほぼ全てを暗譜している人も少なくなかったです。私は、すぐ隣の他パートの歌声が頭に響いてつられてしまいがちで、楽譜という視覚情報がつられず踏みとどまるための最後の砦。だから暗譜していた曲でも楽譜が手離せませんでした。ホント、意気地がないから歌い負けるんですよ。

 精一杯歌わせてもらって拍手もいただいて、大汗をかいて、片づけをして帰る夕方にはいつも以上に脚がパンパン。夏に汗をかく状態になると浮腫むのはいつものことでしたが、本当に尋常じゃない浮腫み方で、象の脚になってました。

 そういえば、あれは3年前。一緒に帰る時に私の浮腫んだ脚に気づいた家族が、大袈裟にギョッとしていましたね。昨年はそうでもなかったですが、今年は3年前並みの浮腫み方でした。

 演奏会の日は、朝から会場準備で駆け回った上に、リハーサルもあって、そして午後に本番を迎えます。1日の活動量が多すぎて、甲状腺ホルモンがひとつも作れない私の場合、いつものチラーヂンの量では足りず、こんなにも浮腫んでしまうのだと思います・・・勝手な自己分析ですけどね。

 プラスして移住してしまったので、東京で催される演奏会から3時間半は電車に揺られて(文字通り、ローカル電車がすごくて揺さぶられるよう)帰ります。小旅行です。演奏会で疲れ切って打ち上げも参加できず、道中は眠くてたまらず。家に帰ってからは体力を振り絞って荷解きして、とにかくシャワーだけは浴びて日付が変わる前に寝ました。

翌日、動けない

 翌日(火曜日)、目が覚めたのは、びっくりの午後2時半でした。14時間以上寝続けてたなんて、通常6時間睡眠の私には最近では無い事です。

 しかし、まぶたが重くて開けないし、体を起こすことも簡単にはできなくなっていて、焦りました。内臓もピタッと動きが止まっているように感じ、ナニコレ?です。腸閉塞になった時のことを思い出して(そこまでひどくはないように思いましたが)、不気味でした。

 甲状腺ホルモンを補うチラーヂン錠を飲んでから就寝すれば良かったのに!と考えましたが後の祭り。前日の演奏会で足りなくなった状態に加えて、朝のチラーヂンを補給しないで寝続けていたので、ガッツリ足りない状況に陥っていたのでしょう。

 ノロノロ動き、食事と薬を口に入れて、また寝ました。まだまだ眠れました。

翌々日も体が重い

 演奏会翌々日(水曜日)朝には、多少楽になった気もしましたが、まだ体が全体的に浮腫んで重く、演奏会においで下さった友人へのお礼や、誕生日の友達に祝福のメッセージをスマホで送りたいのに、とにかくだるくて出来ません。

 朝のチラーヂンを飲めば、もっと楽になるはずだと期待していたんですけどね・・・飲んでもなかなかスッキリしてくれず、用事で外出したらしんどくてたまらず、フラついてしまってすぐに帰りました。

とうとう我慢できずに追いチラーヂン

 木曜日になっても思うように動けない状況が続きました。朝、規定量のチラーヂンを飲んでも、まだこれなのか・・・期待通りに動けないのです。

 夜に元気に対応しなければならない子ども相手のボランティアを控えていた関係もあり、どうしよう・・・休もうか・・・とグルグル考え、そして!ガマンできなかった私は、午後になってから追加の1錠を、えいやっ!と飲みました。

 おかげでボランティアは乗り切れました。しかし、翌日の金曜日は、まだしんどい。座っているだけなのに、頭が回らず日曜〆切の原稿が書けません。土曜日になって、さらに規定量に加えて追いチラーヂンを飲みました。

ようやく動いているものの

 週明けの月曜日、演奏会からは1週間が経ちました。しんどいしんどい言い続け、もう1週間!まぶたは日中も重かったものの、象の脚は気づけば脱却して、ふくらはぎのサポーターを脱ぐことが出来ました。

 ようやくまともに動けるようになったと思ったので、草ボーボーの庭へ降り、ぴょこんと飛び上がっている大根を4本収穫。花後のツツジが剪定してー!と一斉に言っているようでした。玄関周りのカメリアが移住後初めてきれいに咲いて、その横の梅とハクモクレン等々もモッサリと葉をつけていたので、頑張って軽く透かし剪定をしてスッキリさせました。

 火曜日の今朝は、昨日の動き過ぎでまたどんより。まぶたが重くて仕方なかったのですが、朝のチラーヂンを飲み、まあまあ復活しました。

しんどい理由が判明!犯人はカルバマゼピンだった

 実は、前日(日曜)夜は急に脇腹の神経がヒリヒリと痛くなり、以前の帯状疱疹が?と冷や汗をかき、こっそり隠し持っていた最後のバラシクロビルを飲みました。いけない患者です。

 しかし、それで痛みが治まったので「やっぱり効いたってことは帯状疱疹のぶり返しだったんだ!」と青くなっちゃいましたね・・・体力低下の証なのでしょう。

 活発に動く➡尋常じゃない疲労感➡帯状疱疹、までが漏れなく付いてくる体質になってしまったんでしょうか。今回、インフルとかコロナとかが間に挟まらなかったんだから良かったじゃない?と思うしかないんでしょうか。

 明日は主治医が外来に出ている日なので、受診して相談しよう・・・と思い、改めてチラーヂンの添付文書を調べてみたら・・・なあんだ、これが原因だったんだ!という記述がありました。ある薬との併用についてです。

これらの薬剤は本剤の血中濃度を低下させることがあるので、併用する場合には本剤を増量するなど慎重に投与すること。(チラーヂンS錠12.5μg/チラーヂンS錠25μg/チラーヂンS錠50μg/チラーヂンS錠75μg/チラーヂンS錠100μg

 ある薬とは、カルバマゼピン。そう、この薬を止めたくて通常の半量まで減らしていたのに、残念ながら三叉神経痛がぶり返しちゃったので、また規定量まで飲む量が増えてたんですよ。つまり2倍です。それなのに、チラーヂンは増やしてもらってませんでしたから!

 カルバマゼピン服用でチラーヂンの血中濃度が低下するなら、しんどくてたまらなくなるのも納得でした。これだ~💦これだよ~💦

 そうだよね、演奏会後に初めて象の脚になってしまった年は、カルバマゼピンを3月に飲み始めての5月演奏会だったんですよ。その時も、全然チラーヂンの増量なんて話は無かったです。そして、昨年そこまで浮腫まなかったのは、カルバマゼピンの脱却を目指して半量まで減らしていた時期だったから。あ~腑に落ちました!

 コレステロール値が頑として下がらないのも、このせいなんじゃ・・・薬の飲み合わせのせいで代謝が悪くなっているのなら、こちらのささやかな努力なんかじゃとても追いつけません。

 ということで、明日受診します。患者が勝手に追いチラーヂンをしなくても良いように、無事にチラーヂンを増量してもらえますように✨

 

ご近所の桜を見に歩いてきました

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気分よく散歩

 青空に桜が映えて、あ~キレイ❤と言いながら歩きました。深呼吸したくなるような気分でした。暖かくて、春ですね。日頃の憂さを忘れていました。・・・今、思い出しちゃいましたねー、思い出さなきゃいいのに。

 高コレステロール血症の治療薬を飲むと、大抵は痛くなる股関節。その度、歩けなくなる方が自分的にはイヤだなぁと考えて中断するパターンだったのですが、今回の治療薬は珍しくも続けて飲めています。今日も、痛くならずに歩けました。

 週に2回程度、8000歩ほど歩ければ、毎日歩いているのと健康効果は変わらないとか、どこかで読みました。自分に都合良い情報は、すぐにピックアップします😊でも、基本的に、歩きたい気持ちはあるのですよ。すぐスマホを持ち忘れて歩いてしまうので、歩数が分からなくて残念です。

手の甲は、あと一歩

 左の手の甲に残る傷は、治るにはあと一息ですかね?少し周りがかぶれてきたので絆創膏は避けたいですが、かといって軟膏を塗ったままでむき出しは、何か当たると痛いし。どうしたものやら。まさに、振り出しに戻ったような気がします。

やっぱり・・・ガンじゃなくて良かった💦

まさか昔の「シミ」が?

 こちらのブログの始まりは、いつも「こんなに間が開いてしまって💦」といった言い訳で始まるのが常になっていましたね😅いつもは、自分で書こう書こうと思っても、日々のあれこれに追われてそのままになっているパターンでした。

 でも、今回はちょっと違ったんです。気持ち的に、ちょっと書けませんでした。

 かかりつけの内科医に「悪いもの(=皮膚ガン)かもしれないから」と言われ、街中の人気のクリニックに予約を入れたのは1月の終わりだったか・・・人気だけに、初診で見てもらえるまでに2~3週間は待ちました。

 左手の甲にある20年来のシミが炎症を起こして腫れ、それが破れて液体も漏れている状態のものをそのクリニックで診察していただいて、強いステロイドを使ってみることになったのでしたが、その甲斐なく、あまり芳しくない結果だったらしく。私から見ると、「あ、かなり良くなりました✨」と見えたんですけどね。

 スコープで熱心にシミを覗いていた先生が、「やっぱりちゃんと確認してもらいましょう」と仰って、そのクリニックからチャチャッと予約が入り、地域で一番の「最後の砦」と呼ばれている総合病院皮膚科を受診することになってしまったのでした。

 まあ、確かに単なるシミじゃないのです。その左手の甲の部分には、20年以上前に長期入院していた時に、ずっと点滴の針が入っていたんですよ。それが、昨年夏ぐらいにはいつのまにか膨れていて、さらに、こすれたりしたのか、茶色から赤黒くなってボコボコと立体的になっていました。

 それを見て、小学生の知り合いの子どもが「サッカーボールがくっついている」と、これまたうまいことを言うなと思っていたら、そのうち「イチゴになった」と言い出しました。そして、膨れた炎症は破けて絆創膏が欠かせなくなり、自分でも少々不安になっていました。

 だから先生方は、表面のシミと炎症だけじゃなくて、内部的に何かあってはと心配されたんでしょうね、きっと。

 総合病院の初診は3/5でした。東京並みにすごい混雑でした。いや、でも東京の同じ系列病院の混み方は尋常じゃなく、危険を感じて絶句した覚えがありますから、さすがにそこまでじゃなかったでしょうか。

 皮膚科で診て頂いて、パンチングで丸く一部の皮膚を採取しました。担当の教授(でも若いなーと思いました。こちらが老けたから?)は、皮膚ガンであるかどうか「五分五分だと思う」と仰ったので、え?そんなに半分ぐらいの確率なんだと、私の場合は気が楽になりましたね。

 真っ黒かと思っていたら、グレーじゃないかと言われた訳です。昔の同僚が若くして皮膚ガン「メラノーマ(悪性黒色腫)」で命を落としていたので、それもおずおずと聞いてみたら、私の場合はそれではなく、ガンであったとしても懸念されているものは重症度が低いものだと仰いました。たぶん「ボーエン病」が心配されていたのだと思います。

 亡くなった同僚はたぶんアメリカ人でしたが、北欧の系統なのか本当に肌が真っ白。シャイな可愛い彼女でした。一緒に取材に行き、新聞の1ページを埋める長い記事を1本共同で書いたことがありました。その彼女が亡くなったのを聞いたのは、私が退職してしばらく経った頃。私も療養中でしたから、全然知りませんでした。ああ、ノーマ・・・。

 生検した部分は、痛みは無く済んだのでしたが、初日はシャワーもダメ。翌日からシャワーOKで、塞がったらお風呂もOKとのことでした。いつまでも塞がらずにダラダラと水分が出ていたので、せっかくの温泉も行けません。また、手先を濡らせないというのは不便なもので、いつも台所に立つ時には左手だけ使い捨ての手袋を使いました。うっかり手袋を食材と一緒に刻んでしまわないか、そこが面倒でした。

 待ち遠しかった次の受診は、一昨日。ドキドキして順番を待っていたら、前回の教授の診察室ではなく、処置室の隣の部屋に呼ばれたので、あ、これはガンじゃないな・・・とピンときました。ガンだったら、教授の診察室で、教授から手術の話などが直接あるのでは?そう思ったんです。

 診察室で待っていたのは、若手の医師がふたり。明るく「悪いものである事は否定されました。皮膚炎です」と仰ったので、私は思わず小さく拍手していました👏それを見て、おふたりも笑っていましたね。心底、ホッとしました。

 絆創膏をしっかり貼っていたのを剝がして、傷をチェック。大丈夫、問題ない、「あとは出されていた残りの軟膏を塗ってしまってください」ということで、絆創膏に代えて貼られたのは注射後に貼られる丸いシールのような簡単なアレ。部屋に入ってくる時に比べて、帰りはずいぶんと身軽なものです。

 「心配しているでしょうから」と、皮膚科のクリニック医師に宛てて手紙も書いてくださいました。その手紙を持ってクリニックに寄りましたが、相変わらず大人気のクリニックなので、多くの人が診察を待っています。私はもう御用も済んだ身なので、お手紙を受付にお預けして退散しました。

 今は、ほぼ生検の丸い傷も塞がっていますので、その日、ずっと入れなかった温泉に久しぶりに行きました。ガンかもしれないと内心ビクビクしていたので、常にどこかお腹に重い感じがあったのですが、それも吹き飛び、温泉でたっぷり汗を流しました。

 *    *    *

 実は、恩人の奥さんが初期のガンで、一昨日入院、昨日手術でした。もう初期なら寛解する類のガンも多くなったとはいえ、転移を含めてやっぱり心配事の多い病気です。無事に手術が終わったと聞いて、ようやく自分のこともホッとでき、改めてブログにも書けました。

 

穏やかな年末年始✨・・・ところが!

年末のショック

 もう松の内も終わり。この年末年始はアレコレ忙しかったな~😅なんて思い返しています。一昨年と昨年はコロナだインフルだと病気スタートのお正月だったので、それに比べたら、今年はなんと穏やかなお正月だったことか・・・ショックもありましたけどね。振り返ってみましょうか。

 12/28には、上京して合唱団の2025年最後の練習と忘年会に参加。2カ月弱の間が開いて、久しぶりの上京でした。姉と旦那さんを練習前にランチに誘い、それで年末の挨拶にしようと思っていたのですが「泊まっていけばいいじゃないの」とありがたくも言ってくれたので、それじゃあと、慌ててお泊り道具を無印良品で買い物してから練習へ。

 練習不足にヒヤヒヤしながら上手な人の陰になって何とか歌い、忘年会。終電の関係で1時間で帰らなければと思っていたのが泊まれることになったので、やったー!とばかりに忘年会は最後まで参加して楽しみました。そしてまた都内の姉宅へ。

 12/29は姉の車で父のお墓参りに行く予定でした。でも、結局姉と夜に喋ってしまい、そして姉がかなりの睡眠不足が積み重なっているとわかったので、ひとりでお墓参りへ。実家のお墓は都内でも山の中。でも電車の乗り継ぎも最高で目的の駅にかなり早く着き、墓地への巡回バスも順調だったため、近くの墓地の幼なじみのお墓参りもできました。

 ずっと行きたかったんですよ。Kちゃんは49歳で亡くなって、私よりもずっと若いままになってしまいました。これから永遠に若いまま、差は開くばかりなんですよね。彼とお兄さんMちゃんは、私と姉と年周りが一緒なので、姉と喋った時にも兄弟の話をしていて、時間が許せばKちゃんの方も行こうと言っていたのでした。

 父のお墓から別のバスに乗ってその霊園に着いたら、年末で早じまいなのか「もう事務所は閉めますが大丈夫ですか」と声を掛けられました。「場所も分かってるので大丈夫ですよー」とニッコリして自信満々でKちゃんのお墓に向かいましたが、奥の墓地が拡張されて様子が変化、はからずも迷子に。

 え?どこだった?何度も来てるのに・・・冷や汗をかきながらグルグル回り、もうダメだとお墓を知っている友人にLINEしたけれど応答なし。困ったなー、諦めるかと思ったところで目の前にKちゃんのお墓が出現しました。

 ホッとしてお線香を上げようとして、異変に気付きました。名前が3人刻まれているのです。1人増えているのです・・・お兄さんのMちゃんでした。5月に亡くなっていたのです。

 姉に「大変だ、Mちゃんまで亡くなってる」と慌てて墓碑の写メを送りました。なんてことでしょう・・・Kちゃんが亡くなった翌年に、おじさんが急病で亡くなって、おばさんは立て続けに寂しいことになったと思いつつも、Mちゃんがいるから大丈夫だと思っていたのです。なのに、長男のMちゃんまで!

 先ほどLINEした友人から返事が来て、Mちゃんの逝去について何か知っているかと聞いたら何も聞いていないと彼女も大ショック。近所なのに実家の母も知らなかったとのこと。慌てた母は翌日にお悔やみに行き、姉も年明けに行って、おばさんと話をして感銘を受けたと言っていました。

 亡くなって半年ほども経過していたこともあるのでしょうか、おばさんは、Mちゃんが幸せな人生を生き切ったと信じて心穏やかにされていて、うちの家族の方がよほど慌てて動揺していたんですね。

 そう、Kちゃんの時もそうでした。悲しみの末に、矢作直樹さんの本などを読んで「あきらめ=明らかに見る」と俯瞰する境地に至っていたようで、会うたびにおばさんはすごいな、と思っていたんです。

 そんなおばさんだから、KちゃんMちゃんとご主人を見送っても・・・うう、でも凡人の私は、まだこうやって書いていてもショックを拭えません。ちょうど前日に姉と幼い頃のKM兄弟の話をして、殊に私は、大人になっても細く長い付き合いのあったKちゃんはともかく、Mちゃんは小学生の頃の姿しか思い出せないのです。膵臓がんで入退院を繰り返していたと聞いても、ピンときません。

 「Mちゃんは、昔から品のある男の子だった。おばさんみたいだよね」と姉は言っていました。MちゃんとKちゃん兄弟が、おじさんとも穏やかに一緒にいるのだと思いたいです。神道だから「ご冥福を」とは言わないそうで・・・御三方の御霊のご平安をお祈りいたします。

除夜の鐘を鳴らした

 12/29夜には伊豆に戻り、翌30日は注文していた2升の伸し餅を切り分け、湯の国会館で温泉に浸かってから、他の用事に押しのけられて遅くなっていた年賀状書きに、煮物をしつつようやく取り組みました。31日に郵便局に行ったら・・・あらら、ご近所の郵便局は軒並みお休みに入っていました。そう、都内の気分でいたらいけなかったんです💦

 このまま誰も来ない郵便ポストに投函しても、私の年賀状はそのまま年越しを迎えるだけです。調べたら、沼津か三島の郵便局に行くしかない。急遽、三島郵便局を目指してドライブです。修禅寺の除夜の鐘を鳴らす引換券をいただいていたので、それまでに帰ってこなければ!

 結果から言うと、時間の余裕はありました。こういうところが、まだ勘が働かないので大慌てに慌ててしまうんですね。家族をピックアップして三島郵便局に向かい、あっけなく着いたのでやれやれでした。意外に近いと思いました。途中、素晴らしい富士山を見ることができて、有料道路を通るとこういう景色が見られるんだ✨と確認できました。2025年の富士山見納めですね。

 今度からは数日早く年賀状を送りましょう。クリスマスを過ぎないと書く気分にならないとかのんびりしていると、伊豆では郵便局が閉まるというゴールが非情に待ち構えているんですね。移住しての学びでした。

 帰宅して年越し蕎麦をザッと作って食べ、修禅寺へ。温泉場の日帰り温泉・筥湯に入れたらサイコーでしたが、もう閉まっていました。大晦日に何の贅沢を考えてしまったのでしょうか。

 除夜の鐘の引換券を整理券に取り替えてもらったら、1番と2番。おお!と喜んだら、叩くのは番号関係なく整理券を持つ人の並んだ順だそうで・・・😅実際に叩いたのは、10組目ぐらい。私はゴイーンと中途半端な変な音、家族は軽く振りかぶってゴーンときれいな音が響きました。

2026年の幕開けはご近所の温泉ホテル

 大晦日修禅寺とお隣の日枝神社に行かせていただいたので、元旦は家でゆっくりお雑煮に煮物などをつまんでどこにもお参りせず。近所のホテルまで散歩して、ロビーでココアを飲んで帰ってきました。

 ・・・と言っても、外の自販機で買った缶ココア。ロビーでも缶コーヒーしか置いてないし、この温泉ホテルのロビーでお茶とかできると良いんだけどなあ。勝手な感想なんですけど。

 2024年夏、引っ越し前に自宅となる物件周辺をウロチョロした際、ホテルの日帰り温泉のコーナーでランチさせてもらうのが一苦労でした。

 前後に業者との約束が入って昼食時間が1時間しかなく、まだ近所の様子が全然分からなかったのでどこで食べれば良いのか分からず。その頃はペーパードライバー状態が長かったのでまだ車が不慣れ、できれば近くで・・・ということで、ホテルに相談して「ランチだけ食べさせて」とお願いしたのでした。

 「え~と💦プール利用でもなく、日帰り温泉でもなく、ランチだけですかー」とあまり芳しくない反応でしたが、将来ご近所さんとして長い付き合いが見込まれるということで、OK。それで、日帰り温泉コーナーの休憩所として用意されている食堂で、学生の合宿用だろうガッツリ系の定食(味も濃い💦)を頂いたのでした。

 黙々と粛々と、食べました。いや、もっと軽くでも良かったんだけど・・・サンドイッチとか。でも、まだ自宅となる物件にはエアコンが入っておらず、灼熱の真夏の真っ最中。あまりに暑くて熱中症が心配でしたから、とにかく冷えた屋内でランチできたのはありがたかったです。

 それで・・・ロビーで軽食とか出してくれないかしらねえ😅と、その時から思ってるんです。どこかのチャンスでご近所の住民からの要望として言いたいなあ。2階の食堂で販売されているソフトクリームとか、ロビーで食べたいけどなあ。

 翌2日昼、天城連峰太鼓という和太鼓集団の公演を目当てに、またこのホテルにやってきて、夕方には温泉も入らせてもらいました。ご近所さん特権で料金は半額。温泉もサイコーですし、連峰太鼓はド肝を抜かれるほどカッコ良かったです。この太鼓が毎年新年にやってくるというだけでも、ホテルが末永く繫栄してほしいと祈りたいです。

ご利益を求めて初詣ざんまい

 移住してきて思うのは、都内と比べて伊豆は神社仏閣の存在感が大きいですね。行事などが生活にちゃんと根付いているように感じます。引っ越してきたからには、大事にされてきた神々と仏様たちに敬意を払わねばと思わされます。2度目のお正月、まだまだご挨拶しておかないと。いざお参りです。

 まずはご近所の神社から。2日にホテルで和太鼓を聞いた後、近所なのにまだ歩いたことのなかった道を歩きました。メインの車道脇にある、いかにも昔の道で、大通りには歩けば一番の近道のはず。アスファルトじゃないのでしょうが、昔のやり方で一応は舗装されていました。

 山林を抜けていく細い道には、たぶん鹿さんの新しい落とし物がしっかり残されていました。でも、轍もあるので車も通っているような形跡も。道なき道を行くトレッキング・・・とまではなりませんでしたが、昔の石垣とかあるんです。お城があったのかもしれませんね。整備すれば災害時に使えそうな、水場になりそうな場所もありました。渇水なので水はありませんでしたが、山からの湧水を貯めていたのではないかと思います。

 山道を下りてきたら、さらに脇道の先にぽっかりと空間があり、そこに小さな神社がありました。敷地はきれいに掃除され、建物はまだ数年程度かもしれないくらい新しく整備されていました。山の下に鳥居と階段は見つけていましたが、それがこの神社では?来られて良かったと思いました。初詣も初詣、ということになりました。

 3日は、柿田川遊水地の前にあるサントムーンの無印良品に行かねばならなかった(この話はまた書きます!)ので、行く途中で廣瀬神社にお参りしました。伊豆半島では、下田の白浜神社⇒廣瀬神社⇒三嶋大社と神様の大移動があったらしく、廣瀬神社は三嶋大社の奥さん格だそうです。奥さんは大事、飛ばしちゃいけませんね。

 廣瀬神社は大きな社ですが、1/3なのに人もまばらでゆっくりお参りできました。押しくらまんじゅう状態よりも、これぐらいが丁度良いと思いました。

 1/5には改めて修禅寺日枝神社にお参りし、温泉場の知人にもご挨拶してから近くの筥湯へ。そして、1/6に満を持して三嶋大社にお参りしてきました。昨年は長蛇の列に並んだのでしたが、さすがに6日にもなると余裕がありました。一応松の内のはずですから、これぐらいに毎年来ようかなと思います。

 この日は、家族が健診結果を遅まきながら聞きに行き、「糖尿病一歩手前」との宣告でショックを受けて帰ってきました。お参りでもいつもより大人しく、三嶋大社でも福太郎には目もくれず健康を祈ったはず。これで、粉砂糖のかかったドーナツや、アイスコーヒーにガムシロップを入れたりは止めてくれるでしょう。食べ過ぎも、きっと歯止めがかかるはず。私も一緒に痩せないと!

 さて、1/7と1/8は正月休みから日常に戻る感覚もありましたが、白岩の湯と筥湯で連日温泉を楽しみました。大きな湯舟は温まりますし、温泉のお湯の質が良く、これが伊豆移住の醍醐味ですね。特に今、土地の傾斜の関係で自宅の湯舟には浸かれずシャワーだけなので、温泉めぐりで冬場を乗り切りたいと思います。

さっそくうつった咳だけど

温泉に行ったのですが💦

 またまた日付が開いてしまいました。頻繁に、そしてコンスタントにブログを書けている人たち、偉いなあ~😅・・・と感心している場合じゃないですね!

 今朝は、起きたらちょっとノドが痛くて咳が出ます。いつもの喘息とは違い、ノドがひりひり痛いんです。咳も喘息とは違うものが、続けて出ています。

 この咳の出方は・・・ああもう、さっそくうつってしまいましたね。昨日行った温泉で、髪をドライヤーで乾かしていた時に、すぐ横のロッカーを使っていた人が、タイミング悪くずーっと着替えながら咳をしていたんです。方向的に、座っている私の背中に向かっての至近距離💦 その咳の仕方が、こんな感じでした。

 ドライヤーの熱でカゼ菌をやっつけてくれてたら良かったんですけどね💦そうはいかなかったんですね。

 温泉の休憩室に行ったら、その人のお連れ合いと思われる人が横になっていたんですが、輪をかけて咳を連発。しかも、ふたりともマスク無し💦同行したうちの家族も顔をしかめて、長居しないで帰ろうとなりました。

 もちろん、帰ってからは手洗い、うがい、鼻うがい。相変わらず玄関でアルコールをシュッシュとスプレー。ポンコツ虚弱体質なので、自衛のために仕方ない儀式です。

 ああ、それなのに・・・儀式の甲斐なく、しっかり咳がうつった私。家族は全然大丈夫。なんで~💦😢

新しいうがい薬を投入

 いつものうがい薬(ハチアズレ)では効果なしで、ヒリヒリは治まりません。そうだ、新しいうがい薬が買ってあったじゃないか!と思い出し、さっそく投入したところ・・・割とすぐに咳は治まったんです。すごい~✨完璧じゃないけど、回復傾向です。

 この季節になると、風邪は避けようがないですね💦いつものにプラスして冬になると使っていたのは、全幅の信頼のおけるイソジンクリアのうがい薬だったんですが、今シーズンはコルゲンコーワのにしてみました。「バイ菌を直接退治」の文言に惹かれたからです✨

 きっと、イソジンクリアでも効いてくれていたとは思うんですけれど、キャッチコピーの強さですよ・・・イソジンクリアにも「のどの殺菌・消毒・・・」と書かれていますからね。でも、やや小さいですね😅で、浮気してしまいましたね。

 寝る前に、またうがいします。

卵パワーのおかげです

毎回同じ言い草で恐縮です💦

 こちらのブログに書いていない期間がかなりのものになっていることに気づいて、自分でも驚愕しています😅なんでこんなことに・・・いつまでたっても、自分を管理できないからじゃないでしょうか。そうやって、今年ももう12月になってしまったかと思うと、やってられませんねえ💦

 自分を計画通りに管理できないから、ブログを書く時間が作れないのですね。もう1つのブログは、最近は毎週放送のあるドラマのことばかりを書いているので、否応なく続きを描かねばならない締め切りみたいなものが自然に生まれます。

 それでお尻を叩かれるのでうまい具合に(いや、そんなことない、そちらもヒーヒー言いながら書いてます💦)続けることができているのですが、さて、問題はちゃっちゃと書けると思っていた、こちらのブログの惨状ですよ。

 基本的に病気ブログだと思っているので、私の体調だのみ。それでちょっと元気だったりすると、大したことも無いのを針小棒大にわざわざ書くことも無いか・・・という気になっているのかもしれないです。

 いや、そんなことを気にせず書きなさーい!ポンコツ虚弱体質で鳴らしてきた人間が、そこそこ元気に動けているのだって、まあ、書いたっていい話ですよ。ね?

ゆで卵、始めました

 ここのところ、確実に元気になっている気がします。なんで元気に動けるようになってきたか。実は、ゆで卵を食べ始めました。1日当たり、2個は食べるようにしています。剝いた殻が大量に出るので、細かく砕いて畑に撒いていますが全然追いつかない程、食べています。

 私はあまり肉類が好きじゃないので、特に体調が良くないと脂身を想像するだけでゲーと思ってしまいます。じゃあ魚をよく食べるかといえば、そうでもないんですね。食べたいけど、毎日お刺身を食べるのも贅沢過ぎてどうかと思うし、焼き魚とかは料理後の始末がね?

 それでつらつら考えてみた時に、豆腐や納豆、チーズは好きで食べているものの、私ってばたんぱく質がやっぱり足りていないかも?と気になってはいたんですね。

 そんな私がNHK朝ドラの「あんぱん」を見ていた時に、こんな場面がありました。主人公のぶの夫・やないたかしが出征して中国で飢えに苦しみ、ゆで卵を半ば無理に現地のおばさんにもらって食べるんですけど、その時に殻をむかずにむしゃむしゃ。その飢えの演技が真に迫っていました。

encount.press

 この記事によると、絶食して演じていた北村匠海氏がこんなことをインスタで書いていたそうです。

飢えに苦しむ極限状態を描いたこの場面について、北村はインスタグラムで「班長とコンタと僕は、3人とも絶食状態でゆで卵のシーンを迎えました」と告白。「そして卵ってすごい栄養あるんだなって改めて思いました。3人とも急に元気になって残りの撮影も頑張れました。食べ物のありがたみ。いつもありがとうございます」とつづった。

 ・・・そんなに元気になれるんだ、卵って!と私はビックリ。絶食状態で撮影を迎えて、そのシーンが終わったら当然、体をいたわって、その日はもうお休みするのかと思ったら・・・他のどこかで読んだら、スタッフも一応大丈夫ですか?と聞いたらしいですけど、大丈夫!と北村さん達は撮影を続けたみたいですよ。

 卵パワー、すごいじゃないですか!実は、卵は幼い頃にアレルギーだったので、何となく恐怖心が残り、クセであまり食べなくなっていました。卵アレルギーだったから、インフルエンザの予防接種も、小学校時代はずっとできなかったはず。でも、第二次成長期以降は、卵アレルギーは脱却していたと思うんですけどね。

 それで、何となく卵そのものを食べることを避けてきてしまっていたのを反省して、食べ始めたんです。コンビニでも、何かお昼を買わなきゃね、という時は卵サンドを買って食べています。

 美味しいうえに、確かに元気に頑張れる感じ・・・気のせいじゃないとは思うんですが。今更ながら、卵パワーを享受しています😊

一気に秋?涼しくなりました。畑に出たいです😢

畑仕事日和なんだけど

 またしばらくぶりのこちらのブログですね💦もう一方のブログは、毎週放送のある番組中心に書いているものだから、自動的にというか、急き立てられるまでもなく書いているのですけれど、こと自分の病気中心に書きましょうというスタンスだと、忙しいとそのまんまになって・・・読んでくださっている方、まことに申し訳ございません。

 という言い訳も読み飽きたと。そうでしょうね。私もいい加減にしろと自分で突っ込んでいます。

 さて、今朝の伊豆の丘の上は、ビックリするぐらいに爽やかに涼しいお天気です。お向かいさんは、摘んだモロヘイヤをお裾分けくださったのですが、モロヘイヤの種には毒があるからと収穫を頑張ったそうです。そんなことも知らないでパクパクと美味しくいただいていましたが、一気に訪れた感のある秋に置いていかれないように、しっかりやらねばならない畑仕事がある訳ですね💦

 家族は伸び切った雑草を刈ると言って庭に出ていきました。私も、大根の種ぐらいは蒔かないといけないと、先日の地域の子どもたちが種蒔きしているニュースを見て知りました。まだ、トマトの苗が植わっていたところがそのまんまです。秋冬野菜に向けて畑に撒こうとバーク堆肥を買ってあるのに、手つかずなのが悔しいです。

 なんでやらないの?という理由を書いていませんでした。はい、数日前からギックリ首➡背中➡腰といった残念な具合で、あちこち湿布を貼って(無香性のものを見つけて大喜びしています♬)、体を真っ直ぐにしてロボのようにぎこちなく、そろりそろり動いております。

 先週末に同窓会と合唱団の練習があり、上京しました。時間的にも綱渡り、エネルギーもMAXで使い果たしました。一泊して姉夫妻を連れて伊豆に戻り、伊豆で観光地めぐりへ。最近に無く体力全開で3連日動いたので、声も出ないほど疲れ切って・・・あれ?首を寝違えたかなと3日目夜に思っていました。

 畑のナス🍆やオクラを持たせて姉夫妻を見送ったその翌日のこと。午前中は爆睡して、午後は近所の温泉へ。そこで髪を洗っている最中にギックリ背中が襲来したのでした。痛みの余り動けないのですが、温泉でシャンプーまみれです。全気力を振り絞って、なんとか支度を整え出てくることができました。

ああ勘違い

 そこで不幸にも、私は大きな勘違いをしたのです。ギックリ首から始まるギックリ背中だったのに、胆石持ちなので「とうとう胆石手術を受けなければならない事態が来たのだ」と考えたのでした。

 一晩痛みに耐えて、翌日病院へ。エコー検査もして、お医者さんは「これはおかしい。胆石症の痛みエピソードと違う」と判断、実は入院手術の準備もしていた私に「まだ手術は大丈夫。もしかしたら痛みは帯状疱疹かも・・・」と言ったのです。

 そこで、ようやく私は「ギックリだ!」とピンと来たのでした。

 そそくさと帰宅して、それからはもらった鎮痛剤と湿布のお世話になってる訳ですが、ギックリと気づくまでの間に「やっちゃダメ」なことばかりやってしまったので、困ったことになりましたねえ・・・。

 ギックリは捻挫と同じで、とにかく3日間は冷やしに冷やして内出血を抑え込まねばならないと聞いています。なのに、今回の私ときたら、まず首ギックリを甘く見て無視(疲れすぎていたので💦)、背中ギックリは温泉中。その後も、胆石の位置が悪いのだろうと何度もジャンプしてみたり、温めたりしていました😅💦

 そして今朝、重いドンヨリした感じは腰にまで及んでしまいました。自業自得でギックリ被害を拡大させてしまったので、いつもよりも治るのに時間がかかりそうです。

 草刈り機の音が聞こえてきます。ああ、私も庭や畑で色々やりたいことがあるのになあ。この日曜と月曜にはまたお彼岸で上京する用事があるので、とにかく今日明日で治さねば!と・・・大人しくしております💦

何かが抜けた?

起きたら体が軽い

 先月半ばのコロナ罹患後、脇腹から背中にかけてのトンカチ神経痛(トンカチで神経を叩かれているような痛み、の略😅 帯状疱疹前駆症状だったそう💦)に見舞われたり、その間、胃腸の調子が悪かったり倦怠感が重くあったりで、寝たり起きたり生活が続いていたのでしたが、今朝、起きたら何かが違いました。

 何と言うか・・・体の中心にあったズーンと重い何かが、抜けていたんです。起きた途端に、体が軽いのが分かりました。

 家族も私の異変に気付いたので「本当に元気なの?本当に?じゃあ、ホテルのプール行こうか!」と、大喜び。今日から彼は夏休みに入ったもので、私抜きでも近所のホテルのプール&温泉に行こうと目論んでいた様子ですが、やっぱりひとりじゃあね😊と、前回、同じプールに行った時に言ってたんです。

 私も急に体が軽いので驚いて、かえって自重した方がいいのではないかと、つい、いつもの癖が出そうになりました。でも、やっぱりプールからの温泉ですもんね💕行きたいですよ・・・で、無理しなければきっと大丈夫じゃない?と、行くことにしちゃいました✨✨✨

 急に、どうしちゃったのか、これまでの鬼のようにたくさん飲んできた薬が、ここでようやく威力を発揮したのでしょうか?寝たり起きたりのポンコツ虚弱体質から脱するには「寝て治す」という話を向かいの奥さんから聞いたばかりだったので(彼女も、以前は体が弱くて困っていたんだそう)できるだけ寝ようと最近努めていますが、それで?

 何が良かったのか分かりませんが・・・とりあえず、プール&温泉は楽しかったです。50メートルプールで泳ぐなんて、本当に久しぶり。高校時代の悪夢(バタフライを50メートルプールで200メートル、人がいなくて大会でぶっちぎりのビリで泳がされたのでした。泣きたかった)を思い出しましたが、プルプル頭を振って追い出しました。

 水着の上に薄いUVカットパーカーを着たまま泳いだので、腕を空中に出すクロールはかなり疲れましたが、平泳ぎなら問題ありません。水中を歩く時、跳ねてしまわずに真面目に踵を付けて歩くと足の重い事重い事。ふざけて花魁歩きをしたら、なお重かったです。運動になりました。

 もちろん、温泉も最高に気持ち良かったです。早い時間だったので、温泉の方は私の貸し切り状態でしたよ。

 疲れたので、今日もよく眠れそう。近所にこんなにゆったりのんびりできる場所があるなんて、移住したからの幸せですね。

コロナの後は激しい神経痛💦ようやく治りました

油断して海に行ってしまった・・・

 前回のブログで2回目のコロナ報告をしたのでしたが、その後、体調不良が継続してしまいました。それもやっと回復しました✨✨💕不調継続の原因は、健康ベースな家族につられて、ポンコツ虚弱体質なのに同じペースで動いたからだと思いますね。

 大体ね、海水浴なんか行っちゃいました😅全く自分自身のことが分かってない行いです。

toyamona.hatenablog.com

 こちら(👆)は主に大河ドラマのネタバレ感想をダラダラ書いているもう1つのブログです。7/27付ですね。体調は今一つだったのに、もう調子に乗って、海に行った話を書いています。この後、そちらのブログも休む羽目になり、ようやく復活できました。

 そうそう、7/30がいつもの喘息の通院日だったので病院に行き「コロナは後遺症とか、何も無いですか?大丈夫ですか」と大いに医師に心配されたのに「あ、もう全然大丈夫です~!」なんてよく考えもせずに答えていましたね。今考えると恐ろしいです。

 その日の夜、左わき腹から服が擦れるようなチクチクが始まったと思ったら、翌日には徐々に左の背中に走る痛みが増していき、とうとうガゴンガゴンものすごい神経痛になりました~😢😢😢😢😢

 この、神経に沿ってトンカチでガンガン叩かれるような強烈な痛みだったら、私は覚えがあります。以前もやったことがあります。場所が違いましたけれど・・・😅以前は、頭でしたね。あまりの痛みに気を失って、救急車で運ばれたのでした。「トンカチ頭痛」というあだ名で、このブログでも何度も書いていました。

toyamona.hatenadiary.jp

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 この時も、鬼門の確定申告で疲れ切っていたんでしたよ・・・これは帯状疱疹の前駆症状だったのかもしれませんねえ、今考えてみると。左耳の帯状疱疹(ハント症候群の不全型)の経験があるのに、なかなか本人の中では結びつかないものですね。

 で、今回はコロナ。心底疲れると、出てくるこの神経痛。帯状疱疹じゃね?と何人にも言われました。やはり、前駆症状だったようですね。今回は抗ウイルス薬を1週間飲んで安静にして、無事に治まってくれました。この程度で治まってくれたら御の字です。ホッ💦

 教訓としては・・・なんでしょうねえ、やっぱりポンコツ体質を自覚して、元気な家族の真似をして、あれもしたいこれもしたいは言わない事でしょうか?散歩から始めて、庭仕事もウズウズしちゃうけど決して無理せず、ボチボチ低空飛行で酷暑を乗り切れるよう、やっていきます😊😅

2回目のコロナ💦もうすぐ治りますよ

またイチからやり直し

 やり切れないことに、またもやコロナになりました。貰うのは、いつも家族から。家族は先週水曜と金曜に上京してから喉や体調がおかしくなり、土曜朝にクリニックでコロナと判明しました。

 私は家族を看病しながらビクビクドキドキの週末を経て、このまま無事に行けるかな?と淡い期待を抱いていたものの、月曜昼から急激に(ホントにいきなり)しんどさが増して、夜8時頃病院🏥へ。そこでコロナと診断されて、昨年の正月の初コロナで出されたのと同じラゲブリオが処方され、飲むことになりました。

 どんなに気をつけても、軽い風邪から重いインフル&コロナまで、いつも100%家族から貰ってしまいます。だって仕方ないですよ、こんなにポンコツ虚弱体質が、患者を世話する側に回るんですからね・・・特別なマスクでもないとダメなんじゃないかと。

 本音では、頼むから外で感染症を貰ってこないで〜💦と家族に言いたいのですけどね。でも、こまめに手も洗っているようだし、ちゃんとマスクもしている様子。それでも何ともならなくて。我らの普通の暮らしの中では諦めるしか無いようです。

 でも、ウチの場合、帰宅すれば玄関で容赦ないアルコール消毒スプレーの洗礼が。頭から、前と後ろにシュッシュシュッシュかけます。それなくして室内には入れないのですけどね…たまに緩い日があったかもですが、基本的にそうなんです。

 もちろん、家族がコロナと判明してからは、常時スプレー片手に緊張して万事消毒に努めてきたのに。ここまでしてもダメなんて、自分のポンコツを呪うしかないですよ。

 コロナでもインフルでも風邪でも、一度罹ってしまうと、せっかく育んできた健康のタネが根こそぎ全部燃やし尽くされてしまうような感覚があります。ガッカリ感は大きいです。他の人なら軽く済むようなものでも、いちいち重症化しますから。

 治れば、またイチから、虚弱体質を抜け出して健康になるための努力をしていかないといけません。この繰り返しです。もう一段、頑強とまではいかなくてもいいから、丈夫になりたいなあ・・・そのためには、運動しなきゃですよね。

いつもとは逆転現象

 感染症に家族と罹ると、とっくに元気になっている家族を横目に、いつまでも引きずって治らない私がデフォルト。鎮痛剤や抗生剤などでは飲める薬も限られ、そもそもワクチンもほぼ打てなかったりするため、治癒も自分の体力勝負です。ポンコツですから治りが遅いのです。

 しかし…コロナでは逆転現象が起きていました。

 私は、ハイリスクとのことで、あっと言う間にラゲブリオが処方してもらえました。それなのに、いつもは健康の家族の場合、出してもらえたのはカロナールだけ。あとは本人の体力だけで、コロナを治せと。治療薬が無いなんて、まるでいつもの私です😅

 だから、家族が羨ましそうに「薬分けてよ~」なんて半ば本気の冗談を言ってました。ラゲブリオの説明パンフレットに「人にあげたら絶対ダメ」と書かれているのを見せたら、アチャーとなってましたね。

 いつまでも喉の痛みが取れないと言っていたのですが、買ってあったイベルメクチンを試しに1錠飲んで見たら、喉がすっとして明らかに楽になってきたとのこと。無駄にならずに良かった良かった。

 さて、やはりコロナの治療薬だけに、私が飲んだラゲブリオも違います。初回は、飲んで数時間後には38度台の熱を36度台までぴゅーんと下げてくれました。でも、すぐに熱がぶり返し😅3回目を飲んだあたりで、熱が上がらなくなりました。

 大きなカプセル💊を一度に4つずつ、1日に2回飲むことになっていて、このカプセルは結構喉に引っかかりますね。木曜朝は疲れがドッと感じられましたが、午後にはかなりやる気も戻ってきた感覚があります。こんな風に、ブログを布団の中でですけど、綴り始める気にもなったのですからね。

 さて、今日は金曜日。寝たり起きたりですが…そろそろ食欲も出てきたような。またイチから、頑張っていきましょう!

わあ😅すっかりオバアサン?💦

まあまあ不安定な日々です

 この「マイナー病気録」ブログは思いついた時に書けばいいやと思っていたせいで、とうとう6月に入って1度も書いていないという体たらくに陥りました😅

 梅雨に入ったかと思えば明けたみたいな天気、そしてまた雨降りと、不安定な天気にコチラまで振り回されているような体調が続き、パッとしませんね~💦

 胆石は微妙に疼きますし・・・60回程度ジャンプするとハマっているのが外れて良いみたいですが・・・気休めですよね。あんまり跳ねると、今度は高脂血症治療薬のせいで股関節が痛んでいるので、そちらにも膝の古傷にも響くので、様子を見ながら。喘息が落ち着いてくれているのがホッとします。

 でも、シャキッとしないのも、運動不足なんだろうなと思います。雨は降るし、晴れれば散歩や畑仕事には暑過ぎで、熱中症にばかり気を取られ。

 せっかく、今日も地域のプールの水中体操(?)クラスにご近所さんが誘ってくれていたのに・・・いや、正確に言うと、先週の木曜日に誘ってくれていたのに、不調で行けませんでした。

 今週は行けるかな?と思ったんですけどね、なんかどんよりしちゃって。夜から英語のクラス(私はサポートするだけ)もあるので、プールで疲れ切ってそっちに行けなくなったら困ると止めました。

 こんな事じゃいけませんね!

上京イベントで疲れてしまった

 また、最近の不調の原因の大きな1つは、6/14~15日の上京です。都内の地域のお祭りの中で、所属合唱団のミニコンサートの本番がありました。

 コンサート前にも、1~2時間ぐらい合唱教室みたいなのを我が団が仰せつかっていました。早朝伊豆を出て睡眠不足で活力無しだったのに、はきはきと喜んで歌ってくださる参加者のひとりに、私が付き切りで応対するはめに。端っこでボーっと手抜きしていようと思った目算が、見事に外れました😅そううまくは行きません。

 さらにコンサート本番で緊張で疲れ・・・また、打ち上げで食べたものに何かアレルギー的に悪いものがあったみたいで、急に腹痛が始まって。

 食べ物で何がNGなのか言い出すとキリがないので、こういう打ち上げ的な会食の場では、なるべく大丈夫だよね?と思える物だけをつまんで誤魔化すのが常ですが、避けたつもりでもダメで腹痛に見舞われることはあるんですよね。いい大人なんですが、なかなか見極めが難しいです。

 医者のアドバイス通り、会場から出てすぐに薬を飲みました。そのまま宿泊先でバタンキュー。痛いとどっと疲れますよね。

 翌日は、用事のある区役所に行ったら、そのまま伊豆に帰ろうかと思いましたが・・・どうしても見たい!と思っていた上野東博の蔦重展に寄り道。この日が最終日で、チケット売り場で並び、会場前で並び、入館後は音声ガイドのために並び。押しくらまんじゅうの末にようやく展示物を垣間見る有様でしたから、疲れ切って、帰りの新幹線の中ではぐったり、口も利けませんでした(一人だから良いけど)。

 この2日間の張り切りが、その後の体調ドンヨリにつながってしまい・・・翌週に赴いた三島の役所でも、「お暑い中わざわざ足を運んでいただいて悪かった、今後のやり取りは郵便になりますので、もう来なくて大丈夫」と労わられる始末。

 日差しが強い日に日傘を忘れ、汗だくで散々だと確かに内心で思っていましたが、どんだけ疲れが前面に押し出されて見えたんでしょうかね😅

 そうそう、そういえば都内を移動中の混みあう電車では、わざわざ背を向けて立っている私の肩を後ろからツンツンする人がいて、1つ空いた優先席に座れと指で示されたのでした。・・・最近2回目です。さっさと感謝して座りましたけどね。

 まあ、これまでにも席を譲られたことは全然無かったわけじゃないですけれど・・・ああ、もっとシャンとしなきゃ!還暦程度で情けないぞ!と反省したのでした。

 ブログも、時間を見つけてもっと書かなきゃね、情けない・・・💦

見れば良かった「幸せは食べて寝て待て」

コレステロール血症の薬、また合わなかったようです

 前回は通院先の担当医が女医さんだった話を書いたのでしたね。そこで、全然効いていなかったコレステロール血症の薬をチェンジしたのでしたが、なんかやっぱり股関節痛が起きるようになってしまいました💦常に痛いわけじゃないのですが、動く時々にズキーンと痛みが走るんですよね。庭仕事をしたりしている最中にヒヤッとします。

 前週までのは「オメガ3脂肪酸エチル粒状カプセル」といって、透明な粒々という初めてのタイプの薬だったのですけれど、まさに可もなく不可もなし。で、今週飲んでいた次の「イコサペント酸エチル粒状カプセル」は、見た目はそっくりな透明な粒々なんですけれど、痛みが出るようじゃ困りますねー。たった1週間でこの体たらくですよ。

 今日はすぐにも病院に行って、薬の相談をしようか・・・とも思いましたが、食の改善を少し試してみようかなと思っています。具体的には、甘いもの好きなのでツラいんですけど、「甘いものは週末だけルール」という縛りを久しぶりに実行しようかと。

 コレステロール血症の「家族性というのは大きい」とは女医さんに言われたものの、食事は大切ですものね。私が食べるものが、私の身を作っているのは確かです。コレステロール血症になったのも、実家にもおやつが欠かさずあったという習慣がそうさせたと言いますか。甘い物を食べ過ぎなんですよ、絶対。

 この現実に目をつぶり、直視したくなかったのですが、数値は上がり続けるばかり。関節痛になるような薬を飲むのも、もう嫌。内臓にも悪いはずです。

 以前、「甘いものは週末だけルール」を実行していた時は、今よりは割と調子が良かった気がします。いつのまにかそのルールが崩れてしまいましたが、肝臓の数値もとうとう良くない範疇に踏み出していましたし、事あるごとにアイスクリームを買ってきて私の機嫌を取ろうとする家族にも宣言して、再度取り組みたいと思います。

主人公の身の上が身につまされる

 ところで、その食を大切にしたいというところで、ちゃんと見れば良かったなという薬膳&団地暮らしのドラマが昨夜(5/27)最終回でした。数回、ところどころ気になって視聴したのでしたが、1回もちゃんと見通さないまま最終回!もったいなかった・・・ちょっと概要を公式サイトからコピペさせてもらいますね。

NHK公式】ドラマ10しあわせは食べて寝て待て

健康、仕事、マンション、将来設計… 色々なくした主人公が マイナスから始まった暮らしの中で手に入れたのは―。

麦巻さとこ。週4日のパートで質素に暮らす38歳、独身。 「一生つきあわなくてはならない」病気にかかったことから生活が一変。 会社を辞め、新しい住まい探しを余儀なくされる。見つけたのは築45年、 家賃5万円の団地。隣に住む大家さんと、訳あり料理番を通じて、旬の食材 を取り入れた食事で体調を整える【薬膳】と出会う。 地味だけど身体においしそうな薬膳ご飯とたおやかな団地の人間関係を通して、 心身を取り戻していくさとこは、身近にあった自分次第のしあわせに気づいていく。

お粥(かゆ)のように、おなかの底からじんわりと温かくなる物語が始まります。 【放送予定】2025年4月1日(火)スタート<全9話> 総合 毎週火曜 夜10:00~ [再放送]総合 毎週金曜 午前0:35~1:20 ※木曜深夜(しあわせは食べて寝て待て - NHK

 一生付き合わなければならない病にかかった30代の主人公ですか・・・思わず、自分も馬車馬のように働いた結果、33歳の厄年で体を壊して会社を辞めることになった事を重ね合わせてしまいましたね。

 若い頃にやりたかった仕事に就き、少しでも没頭できて幸せだったと思う事にしましたが、ワーカホリックの働き方そのもの。発病してから将来設計はガラガラと崩れ、まさかまさかでしたね・・・まあまあ回復してからのしばらく後に同期に会ったら「死んだかと思った」と簡単に笑って言われてしまい、それもまたショックで。

 会社を辞めて、主人公のようにもし独身だったらどんな暮らしを送ることになったんでしょう。寝たきり期間が数年はありましたから、マンションは売却、実家に帰ることになったでしょうか。

 ・・・ああもう、想像するだけで嫌ですね。動けず寝ている私に「立ち上がれ!会社に行け!」と容赦なく叱咤する毒母と暮らすことになるなんて。きっと体だけじゃなく、追い詰められてメンタルをやられ鬱になったことでしょう。心身ともにやられてしまったら、どうなっていたか。

 このドラマ「しあわせは食べて寝て待て」というタイトルだけで、これはめっちゃいい話に違いないと思いました。これが刺さる疲れた若い人が、今の世の中たーくさんいるのですね。体に良いものをたくさん食べてたっぷり眠れたら、それだけで幸せな。

 自分でも万年寝不足だと思ってましたものね。今は赤ちゃんが生まれて寝不足だそうですが、大谷翔平は10時間睡眠でしたよね?私も7~8時間程度にちゃんと眠れていたら、病気を遠ざけることができたかも。寝不足が一番悪いですよね、「果報は寝て待てって言うんだもの」との、加賀まりこさんのセリフもありましたね。そこに、薬膳みたいな体に優しい食事があればさらに良しですね。

 ドラマの主人公さとこには、受け入れてくれる大家の鈴さんがいて、玉ネギ派料理番の司も、長ネギ派の鈴さんのために長ネギを持って帰ってきて。また温かな関係性が続いていくのだろうと思うとホッとしますね。続きが放送されたら今度はちゃんと見たいですねえ。あら、スペシャルも放送されていたんですね。

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025052433002?playlist_id=d7267c5c-5953-4374-90f4-5768431d70c6

 ただ、私は理解ある結婚相手がいて本当に恵まれていました。病篤い時は、結婚の時の誓いの言葉「病める時も健やかなる時も」を心の中でこっそり考えない時は無かったです。その誓いを守ってくれる人で良かった。

 今、東京から伊豆に移住して、自然の中でゆっくりと暮らせているので「幸せだね」とその人と毎日のように言い合っています。こちらで畑仕事をしながら、パソコンでちょこちょこと仕事をして、近所の温泉に入って、たまに合唱団の練習に上京して。まだ時々倒れますが、かなり健康を取り戻していると思います。

 先ほどもピンポーンとご近所さんがお野菜を持ってきてくださいました。頂き物の旬の野菜を山のように食べて、食の質が上がっているのは確か・・・甘いものさえ食べ過ぎなければ。

ラッキー😊ほんとに女医さんだった

老人のワガママ罷り通る。みんな待ってるのに

 2カ月ぶりの通院日で病院に行ってきました。家族を駅に送り、そのまま病院に行くと早すぎるので、ちょっと24時間営業のドラッグストアで暇つぶし・・・のつもりが結構な買い物をして、病院へ。それでも受付開始まで20分あるので、車の中で目を閉じて音楽を聴きながら待ちました。

 7時半になったので建物に入っていくと、あれ?なんか前よりも人いなくない?と感じました。受付をしたら、なんと受付番号は1番!ありそうでなかった正真正銘の一番乗りでした。これまでは、必ず数人は受付を済ませたお爺ちゃんお婆ちゃんがいたのですけどね。

 もしかして、これまで担当医だった先生が異動になって、この病院からいなくなっちゃったからかも?たった半年のお付き合いでしたが、良い先生でした。患者の話に良く耳を傾けて、患者本位で判断してくれて。私は長年患っている甲状腺疾患のチラーヂンの量を、私の言う適正量に戻してくれたので大感謝でした。で、良い先生に当たったと本当に喜んでいたんですよね。

 快活で、たぶん人気もあったでしょう。病院を代表して地域の駅伝なんかにも出ていましたし・・・そういう先生の後任ってやりにくいでしょうね。私だって「あー、また主治医との人間関係構築は一からやり直しか」と少しどんより気分になりましたもんね。人気の前任の先生の方が良かった!とゴネる人は・・・そんな人がいたらガキですね・・・ガキはいないにしても、他の先生や別の病院に目移りする患者さんはいるかもしれません。

 そんなことを考えていたら、私の後ろの席から「いいかげんにしろ、この野郎」等々ブツブツ文句が徐々に大きく聞こえてきました。「いいかげんにしろよ!俺ずいぶん待ってるんだよ~!」と、その人は席から立ちあがり、待合室で仁王立ちになって叫び始めました。見たところ70代のお爺さん。でも、中身は小学生並みのガキのようでした。

 待合室には40人以上は居たでしょう。「どうせ、忘れてたんだろう!」って怒鳴っていたのですが、いやいや、受付番号1番の私だって、今やっと採血が終わって座ったばかりなんですけど?みんな順番を待ってるんだよ?と心の中で思いました。

 その人は体調が悪そうでもなさそうで(あれだけ大声出して、元気そう)、看護師さんも「順番にお呼びしていますからね」とハッキリ言うのかと思いきや・・・そんな東京では当たり前な事は、伊豆の優しい看護師さんはしないのでした。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」と1人の若い女性の看護師さんが平身低頭でそのワガママお爺ちゃんのそばに来て謝り始め、「こちらへどうぞ」と書類を取り落としたりしながら慌てて処置室へと導きました。

 頭が小学生のお爺ちゃんは、まだ「フン、やっぱり忘れやがって。いいかげんにしろお~」とブツクサ文句を垂れつつ連れていかれたのでした。

 診察が始まる前の、看護師さんによる採血などの作業はまだ始まったばかり。忘れていたというのはおかしな話だと思うのに・・・あの小学生お爺ちゃんは、そんなに待たされていることも無かったと思うのに、どうしてあんなに看護師さんは謝ってしまったのでしょうね。

 あれが罷り通るのは、土地柄なんでしょうか。東京だったら立派なペイハラ老人ですよ。若い女性にそういう理不尽を押し付けて謝らせたりふんぞり返っていると、伊豆から逃げ出しちゃいますよ~。看護師資格はどこに行っても強いですもんね、貴重な若手が逃げ出さないように大事にしなきゃ。

 そして、いよいよ診察です。私を呼ぶ声は女の人・・・ここでバイアスが働いてしまって「看護師さんに呼ばれている」と思ってしまった私。診察室で待っていたのは、20代の若手の女医さんでした。やっぱり同性はホッとするので「嬉しい」と言ったら、あちらも喜んでくれ、そのせいかどうかわかりませんが、いきなり砕けてのタメ口でした。あ、そういうの苦手だな・・・💦初対面だし、こっちは親世代だと思うのにね。

 まあ、そういう要らないどうでもいいコチラの気持ちは置いておいて、前任者から引継ぎして確認しておきたい点などを聞かれ、やっぱり効いていなかったコレステロールの薬を変更する相談もして、次回の予約をしてサクサクと診察室を出てきたら・・・あれ?何かおかしいなと違和感が。そう、聴診器を当てられなかったのです。

 これまで、通院日に聴診器で呼吸音を聞かない先生などいなかったのに、忘れちゃったんでしょうか😅😅😅初対面で、お医者さんも緊張しちゃった?血中の酸素濃度は測っていたから、それでOKだったのでしょうか?聞いたら良かったかもしれませんが、遠慮してしまいました。

 家に帰り、家族に「女医さんだった」と報告したら「やっぱり」との返事がありました。朝、「女医さんになりますように」と祈っておいてくれたのだとか。ビンゴ!でした。

 そういえば、病院でも薬局でも、先に行ったドラッグストアでも、後から行った他の店でも、女の人としかやりとりせず帰ってきました。待たされてると叫んだおじいさんとは、席が前後でだいぶ近かったけれど、話すことはありませんでしたし。平穏な1日でしたね。