年末のショック
もう松の内も終わり。この年末年始はアレコレ忙しかったな~😅なんて思い返しています。一昨年と昨年はコロナだインフルだと病気スタートのお正月だったので、それに比べたら、今年はなんと穏やかなお正月だったことか・・・ショックもありましたけどね。振り返ってみましょうか。
12/28には、上京して合唱団の2025年最後の練習と忘年会に参加。2カ月弱の間が開いて、久しぶりの上京でした。姉と旦那さんを練習前にランチに誘い、それで年末の挨拶にしようと思っていたのですが「泊まっていけばいいじゃないの」とありがたくも言ってくれたので、それじゃあと、慌ててお泊り道具を無印良品で買い物してから練習へ。
練習不足にヒヤヒヤしながら上手な人の陰になって何とか歌い、忘年会。終電の関係で1時間で帰らなければと思っていたのが泊まれることになったので、やったー!とばかりに忘年会は最後まで参加して楽しみました。そしてまた都内の姉宅へ。
12/29は姉の車で父のお墓参りに行く予定でした。でも、結局姉と夜に喋ってしまい、そして姉がかなりの睡眠不足が積み重なっているとわかったので、ひとりでお墓参りへ。実家のお墓は都内でも山の中。でも電車の乗り継ぎも最高で目的の駅にかなり早く着き、墓地への巡回バスも順調だったため、近くの墓地の幼なじみのお墓参りもできました。
ずっと行きたかったんですよ。Kちゃんは49歳で亡くなって、私よりもずっと若いままになってしまいました。これから永遠に若いまま、差は開くばかりなんですよね。彼とお兄さんMちゃんは、私と姉と年周りが一緒なので、姉と喋った時にも兄弟の話をしていて、時間が許せばKちゃんの方も行こうと言っていたのでした。
父のお墓から別のバスに乗ってその霊園に着いたら、年末で早じまいなのか「もう事務所は閉めますが大丈夫ですか」と声を掛けられました。「場所も分かってるので大丈夫ですよー」とニッコリして自信満々でKちゃんのお墓に向かいましたが、奥の墓地が拡張されて様子が変化、はからずも迷子に。
え?どこだった?何度も来てるのに・・・冷や汗をかきながらグルグル回り、もうダメだとお墓を知っている友人にLINEしたけれど応答なし。困ったなー、諦めるかと思ったところで目の前にKちゃんのお墓が出現しました。
ホッとしてお線香を上げようとして、異変に気付きました。名前が3人刻まれているのです。1人増えているのです・・・お兄さんのMちゃんでした。5月に亡くなっていたのです。
姉に「大変だ、Mちゃんまで亡くなってる」と慌てて墓碑の写メを送りました。なんてことでしょう・・・Kちゃんが亡くなった翌年に、おじさんが急病で亡くなって、おばさんは立て続けに寂しいことになったと思いつつも、Mちゃんがいるから大丈夫だと思っていたのです。なのに、長男のMちゃんまで!
先ほどLINEした友人から返事が来て、Mちゃんの逝去について何か知っているかと聞いたら何も聞いていないと彼女も大ショック。近所なのに実家の母も知らなかったとのこと。慌てた母は翌日にお悔やみに行き、姉も年明けに行って、おばさんと話をして感銘を受けたと言っていました。
亡くなって半年ほども経過していたこともあるのでしょうか、おばさんは、Mちゃんが幸せな人生を生き切ったと信じて心穏やかにされていて、うちの家族の方がよほど慌てて動揺していたんですね。
そう、Kちゃんの時もそうでした。悲しみの末に、矢作直樹さんの本などを読んで「あきらめ=明らかに見る」と俯瞰する境地に至っていたようで、会うたびにおばさんはすごいな、と思っていたんです。
そんなおばさんだから、KちゃんMちゃんとご主人を見送っても・・・うう、でも凡人の私は、まだこうやって書いていてもショックを拭えません。ちょうど前日に姉と幼い頃のKM兄弟の話をして、殊に私は、大人になっても細く長い付き合いのあったKちゃんはともかく、Mちゃんは小学生の頃の姿しか思い出せないのです。膵臓がんで入退院を繰り返していたと聞いても、ピンときません。
「Mちゃんは、昔から品のある男の子だった。おばさんみたいだよね」と姉は言っていました。MちゃんとKちゃん兄弟が、おじさんとも穏やかに一緒にいるのだと思いたいです。神道だから「ご冥福を」とは言わないそうで・・・御三方の御霊のご平安をお祈りいたします。
除夜の鐘を鳴らした
12/29夜には伊豆に戻り、翌30日は注文していた2升の伸し餅を切り分け、湯の国会館で温泉に浸かってから、他の用事に押しのけられて遅くなっていた年賀状書きに、煮物をしつつようやく取り組みました。31日に郵便局に行ったら・・・あらら、ご近所の郵便局は軒並みお休みに入っていました。そう、都内の気分でいたらいけなかったんです💦
このまま誰も来ない郵便ポストに投函しても、私の年賀状はそのまま年越しを迎えるだけです。調べたら、沼津か三島の郵便局に行くしかない。急遽、三島郵便局を目指してドライブです。修禅寺の除夜の鐘を鳴らす引換券をいただいていたので、それまでに帰ってこなければ!
結果から言うと、時間の余裕はありました。こういうところが、まだ勘が働かないので大慌てに慌ててしまうんですね。家族をピックアップして三島郵便局に向かい、あっけなく着いたのでやれやれでした。意外に近いと思いました。途中、素晴らしい富士山を見ることができて、有料道路を通るとこういう景色が見られるんだ✨と確認できました。2025年の富士山見納めですね。
今度からは数日早く年賀状を送りましょう。クリスマスを過ぎないと書く気分にならないとかのんびりしていると、伊豆では郵便局が閉まるというゴールが非情に待ち構えているんですね。移住しての学びでした。
帰宅して年越し蕎麦をザッと作って食べ、修禅寺へ。温泉場の日帰り温泉・筥湯に入れたらサイコーでしたが、もう閉まっていました。大晦日に何の贅沢を考えてしまったのでしょうか。
除夜の鐘の引換券を整理券に取り替えてもらったら、1番と2番。おお!と喜んだら、叩くのは番号関係なく整理券を持つ人の並んだ順だそうで・・・😅実際に叩いたのは、10組目ぐらい。私はゴイーンと中途半端な変な音、家族は軽く振りかぶってゴーンときれいな音が響きました。
2026年の幕開けはご近所の温泉ホテル
大晦日に修禅寺とお隣の日枝神社に行かせていただいたので、元旦は家でゆっくりお雑煮に煮物などをつまんでどこにもお参りせず。近所のホテルまで散歩して、ロビーでココアを飲んで帰ってきました。
・・・と言っても、外の自販機で買った缶ココア。ロビーでも缶コーヒーしか置いてないし、この温泉ホテルのロビーでお茶とかできると良いんだけどなあ。勝手な感想なんですけど。
2024年夏、引っ越し前に自宅となる物件周辺をウロチョロした際、ホテルの日帰り温泉のコーナーでランチさせてもらうのが一苦労でした。
前後に業者との約束が入って昼食時間が1時間しかなく、まだ近所の様子が全然分からなかったのでどこで食べれば良いのか分からず。その頃はペーパードライバー状態が長かったのでまだ車が不慣れ、できれば近くで・・・ということで、ホテルに相談して「ランチだけ食べさせて」とお願いしたのでした。
「え~と💦プール利用でもなく、日帰り温泉でもなく、ランチだけですかー」とあまり芳しくない反応でしたが、将来ご近所さんとして長い付き合いが見込まれるということで、OK。それで、日帰り温泉コーナーの休憩所として用意されている食堂で、学生の合宿用だろうガッツリ系の定食(味も濃い💦)を頂いたのでした。
黙々と粛々と、食べました。いや、もっと軽くでも良かったんだけど・・・サンドイッチとか。でも、まだ自宅となる物件にはエアコンが入っておらず、灼熱の真夏の真っ最中。あまりに暑くて熱中症が心配でしたから、とにかく冷えた屋内でランチできたのはありがたかったです。
それで・・・ロビーで軽食とか出してくれないかしらねえ😅と、その時から思ってるんです。どこかのチャンスでご近所の住民からの要望として言いたいなあ。2階の食堂で販売されているソフトクリームとか、ロビーで食べたいけどなあ。
翌2日昼、天城連峰太鼓という和太鼓集団の公演を目当てに、またこのホテルにやってきて、夕方には温泉も入らせてもらいました。ご近所さん特権で料金は半額。温泉もサイコーですし、連峰太鼓はド肝を抜かれるほどカッコ良かったです。この太鼓が毎年新年にやってくるというだけでも、ホテルが末永く繫栄してほしいと祈りたいです。
ご利益を求めて初詣ざんまい
移住してきて思うのは、都内と比べて伊豆は神社仏閣の存在感が大きいですね。行事などが生活にちゃんと根付いているように感じます。引っ越してきたからには、大事にされてきた神々と仏様たちに敬意を払わねばと思わされます。2度目のお正月、まだまだご挨拶しておかないと。いざお参りです。
まずはご近所の神社から。2日にホテルで和太鼓を聞いた後、近所なのにまだ歩いたことのなかった道を歩きました。メインの車道脇にある、いかにも昔の道で、大通りには歩けば一番の近道のはず。アスファルトじゃないのでしょうが、昔のやり方で一応は舗装されていました。
山林を抜けていく細い道には、たぶん鹿さんの新しい落とし物がしっかり残されていました。でも、轍もあるので車も通っているような形跡も。道なき道を行くトレッキング・・・とまではなりませんでしたが、昔の石垣とかあるんです。お城があったのかもしれませんね。整備すれば災害時に使えそうな、水場になりそうな場所もありました。渇水なので水はありませんでしたが、山からの湧水を貯めていたのではないかと思います。
山道を下りてきたら、さらに脇道の先にぽっかりと空間があり、そこに小さな神社がありました。敷地はきれいに掃除され、建物はまだ数年程度かもしれないくらい新しく整備されていました。山の下に鳥居と階段は見つけていましたが、それがこの神社では?来られて良かったと思いました。初詣も初詣、ということになりました。
3日は、柿田川遊水地の前にあるサントムーンの無印良品に行かねばならなかった(この話はまた書きます!)ので、行く途中で廣瀬神社にお参りしました。伊豆半島では、下田の白浜神社⇒廣瀬神社⇒三嶋大社と神様の大移動があったらしく、廣瀬神社は三嶋大社の奥さん格だそうです。奥さんは大事、飛ばしちゃいけませんね。
廣瀬神社は大きな社ですが、1/3なのに人もまばらでゆっくりお参りできました。押しくらまんじゅう状態よりも、これぐらいが丁度良いと思いました。
1/5には改めて修禅寺と日枝神社にお参りし、温泉場の知人にもご挨拶してから近くの筥湯へ。そして、1/6に満を持して三嶋大社にお参りしてきました。昨年は長蛇の列に並んだのでしたが、さすがに6日にもなると余裕がありました。一応松の内のはずですから、これぐらいに毎年来ようかなと思います。
この日は、家族が健診結果を遅まきながら聞きに行き、「糖尿病一歩手前」との宣告でショックを受けて帰ってきました。お参りでもいつもより大人しく、三嶋大社でも福太郎には目もくれず健康を祈ったはず。これで、粉砂糖のかかったドーナツや、アイスコーヒーにガムシロップを入れたりは止めてくれるでしょう。食べ過ぎも、きっと歯止めがかかるはず。私も一緒に痩せないと!
さて、1/7と1/8は正月休みから日常に戻る感覚もありましたが、白岩の湯と筥湯で連日温泉を楽しみました。大きな湯舟は温まりますし、温泉のお湯の質が良く、これが伊豆移住の醍醐味ですね。特に今、土地の傾斜の関係で自宅の湯舟には浸かれずシャワーだけなので、温泉めぐりで冬場を乗り切りたいと思います。
