やっぱりうつっていた
もう寝ているのもかなり飽きているのですが、なかなか家族から貰ったインフルエンザAが治りません。1/13(月・成人の日)には既にうつっていたので、今日でもう10日。ああ、早く治ってくれないと、確定申告もあるし植木の剪定もあるし・・・と気ばかり急いています。
1/13は、合唱の練習日でした。それで久しぶりに上京し、姉の家に泊まることになっていました。当日に伊豆に戻ろうとすると深夜になりますので、迎えに来てもらうにも早寝早起きの家族に悪いし、私も体力を消耗してしまうから、ということで姉宅宿泊が既定路線になったのでした。
そうしたら・・・なんと、家族から「インフルエンザを発症したからしばらく帰って来るな」とのお達しがその日に届いたのでした💦
またコロナのようにうつったら、悪夢の再現です。私はうつされたものは丁寧に培養して最悪の事態にまで発展させてしまうのが得意なので、またもや救急車騒動にまでなりかねません。ということで、発症した家族が心配でしたが致し方なく、姉宅にしばらくお世話になることにしました。
ところが・・・甘かったんですよ。私は既にうつっていたんですね。今思えば、さっさと伊豆に戻るべきでした。
1/14、私は宿泊日数が伸びたので、着替えを調達しなければと、久しぶりに都内での買い物へ。お目当ての商品を無印良品で買い、お昼も食べて、姉たちと食べるデザート(わらび餅入りあんみつ)も調達してバスに乗って帰りました。
ただ、お昼の白湯ラーメンを食べている時に、あれえ?という違和感が。何かだるいのです。バス停でバスを待つ間、やたらと疲れるのも気になりましたが、元々ポンコツ体質なので、久しぶりの都内で疲れたのかなと考えていました。気楽なものです。
しかし、その1/14夜。食事に出た時に、こんなに食べられないのはおかしい、まさかインフルうつっているのかな?と考え始め、なるべく姉夫婦には近寄らないように気を付けねばと、今更ながら焦り始めました。
1/15朝に目覚めたら、喉が痛み、発熱していました。37度台で収まるかと思いきや、午後には38度台の半ばになっていました。発熱は、伊豆で発症した家族から2日遅れです。夕方になって姉宅近くのクリニックを受診したところ、喘息持ちでリスク有りという事で、すぐにイナビルを処方され、とにかくOS1やらポカリスエットやらリンゴジュースやらの水分を摂って寝ていることになりました。ビタミン補給を目当てに、ゼリー飲料も飲みました。
そしたら、翌1/16夕方には36度台に熱が下がりました。丸一日で早い!とはいえ、熱は下がったものの、食欲は無く、だるさも全然取れません。姉に何か聞かれましたが、私は「今日だけとにかく寝かせておいてほしい」とお願いし、布団をかぶって寝続けたことは覚えています。
どうやって東京から伊豆に帰る?
さあ、でも心配だったのは姉夫婦です。私が寝ていた部屋は、いわゆる隔離部屋で姉夫婦とは接することも無く寝ていられたので、もしかしたら・・・と期待しましたが、やはりこれまた甘く見てはいけませんでした。
私がこんこんと寝ていた1/16には、何となく、ふたりとも風邪症状が出てきて、カイロ3枚貼り(首の後ろ、背中、胸)で大事を取って自宅待機し寝たり起きたり。普段から丈夫なふたりだから、何とかカイロで持ちこたえられれば・・・と期待しつつ様子見の状況でした。
一方、伊豆の家族は「自分スタートのインフルエンザのせいで、これ以上迷惑はかけられない」と焦り、早くどうにかして私を伊豆に移動させないといけないと考えていたのでした。でも、公共交通機関は避けねば・・・!発症から5日間はダメなのですよね。私は1/20までは公共交通が使えない計算です。
自家用車、という言い方は何だか昭和の香りですが、つまりは自家用車でないとその間、私は移動できないという事になります。早くも回復した家族でしたが、伊豆から6~7時間往復で迎えに来るのは、いくらなんでもタミフルで熱が下がったばかりでしたので、つらすぎる。それに、家族の場合も発症から5日間、1/18が経過しないといけません。
それなら1/16時点で発症前の姉が車で送ると言ってくれたのでしたが、私は全然動けないし、姉も車で濃厚接触状態になって無理をしたら今後どう容体が転ぶか分かりません。姉が伊豆で入院なんてことになったら、目も当てられません。
実はここらへんの1/16の話は、私はただただ隔離部屋で寝ている間、姉と伊豆の家族間で話し合われていたようでした。
伝家の宝刀!介護タクシー
結局、家族は介護タクシーで私を伊豆まで送ってもらうしかなかろうと決め、予約したよと1/16夜に私に連絡してきました。1/17の朝10時に姉宅に迎えに来るとの事でした。
私は金額を聞いて、もったいなーい!!!と驚きました。ハチマンエン。あと数日寝ていたら、JRの踊り子号に乗って自力で帰れるのでは・・・とも思いましたが、姉夫婦や周囲にかける迷惑を考えたらそうも言っていられません。
ああ、1/13に家族が発症したと聞いたら、飛んで帰ればよかった、どうせうつっているんだから・・・と後悔しきりでしたが、後の祭り。年初の厄落としだと思って、利用することにしました。
数日間、固形物はバナナと焼き芋ぐらいしか喉を通っていませんでしたが、1/17の朝には玄米がゆを食べて、薬を飲んで何とか準備。こんなにも荷物整理に時間がかかるってふざけている、と自分でも思うぐらいゆ~っくりとしか動けなくて、全然支度が進みませんでした。
こんなに体力が無くてフラフラしていたら、やっぱり数日待ったって自力でスーツケースを抱えて特急で帰れるようになるとは思えませんでしたから、介護タクシー利用も仕方なかったですね。
介護タクシーのお迎えが来て、ちょうど狭い道の後ろにも似たような車が入ってきて待っているので、姉への挨拶(謝罪💦)もそこそこに出発。伊豆まで座席に座って行こうかと思いましたが、無理せず寝台で横になることに。それが正解でした。
運転手の人が1人でしたが、白い長袖シャツ1枚程度で上着もなく、とても薄着。大丈夫なのかな?と思いましたが、お医者様が着けるようなしっかりしたマスクをしているのが分かりました。まあ、インフルエンザ対応だと聞いているので、プロだし、大丈夫なのですよね。
出発後、自分のイビキが聞こえましたので、良く寝ていたと思います。目が覚めたのは既に御殿場で、足柄SAで休憩してもらって寝台から座席に移りました。そこから到着まで1時間もかかりませんでしたが、実は、その間がとてもつらかったんですよ。咳も止まらなくなり(これは乾いた喘息の咳っぽかったですね)やはり、無理しないで横になっていけば良かったです。
12時半ごろには到着。ドアツードアで2時間半ちょっとです。オンラインで仕事中の家族が、早め切り上げたとかで迎えに出てきました。私はそのまま敷かれた布団に直行で寝ました。介護タクシーをこの年で使うなんて、伝家の宝刀を使ってしまったような思いでしたが、やっぱり良かったです。利用しなかったら、いつまでも帰ってこられなかったですよね。
まだ治らない
さて、1/17の昼に戻ってから、私はまだ治りません。今日はしっかり治そうと思い、昼近くまでちゃんと寝ていましたが、全然ダメ。もう例の発症から5日間は経過し、発熱も1/16以来なく、もう人にはうつらない程度のウイルスしか出していないはずだと思いますが、まだ喉の痛みと咳があります。
昨日、少し庭に出た時には治ったかな?このまま治るといいな・・・と淡い期待を抱いたのですが・・・波があるのですよね。明日は植木屋さんが来て、栗の木の剪定をお願いすることになっているので、朝起きたらスッキリしていてほしいところです。
そうそう、家族はすっかり治り、ひとりで温泉にも買い物にも行ったりしています。そして、姉夫婦ですが・・・なんとカイロの3枚貼りで乗り切ってしまったようです。1/18から一時的に37度台になった日があったそうですが、数日の風邪症状で済んでしまったと。
丈夫にできている姉夫婦が羨ましい。何より、大事にならずに良かったと胸をなでおろしています。お詫びには、年末年始に堪能した、つきたての切り餅を送る約束をしています。治ったら、注文しに行くつもりです。
