マイナー病気録

思えば病院とは縁の切れなかった人生。こんな感じで向き合ってきました

夜型人間、朝型に移行中。夢を見るほど眠れています?

夜型を朝型へ、犠牲になるのはブログ

 今朝7時半、起きてみたら7時間寝ていました。目覚まし時計をかけずに眠ることができる貴重な日は、やっぱり朝寝が一番。きっと脳内からも老廃物が一掃されただろうと期待するところです。

 7時間も寝て頭スッキリ!喜ばしい!と言いたいところなんですが・・・やっぱり筋金入りの夜型人間の私は午前中はボーっとしてしまいます。全然、頭がしゃっきり回りませんね。

 昨日はもっと酷くて、半分頭が寝ているような感じで回らないものだから、仕事でもちょっと聞き間違えて冷や汗をかく場面があったりして。その前日はさらにボーっとするのに拍車がかかっていました・・・ここのところ使えない私顕著、って感じです。

 私の場合、午前中にベストパフォーマンスを期待するのは無理ですね。半世紀生きてきて、それは重々分かっています。ただ、ここのところ午前10時からの仕事が続き、どっぷり夜型の私が無理やり午前7時に起きることが続きました。

 もうそれだけで大緊張します。無事起きて現場に行けるかどうか・・・行けたら仕事はもう終わったも同然(そんなはずないけど)。

 で、家で色々と片付ければいい今日も、最近の流れで目覚まし無しで7時半に起きました。早めに寝ようとするよりも、「起床時間を一定にすること」が睡眠障害の治療の基本だと、小児科のお医者さんが言っているのを少し前の新聞で見ました。

www.asahi.com

 確かに7時起床が続いたので、今日も起きるだけは起きられましたね。生活リズムを整えるにはまず眠りのリズムを整えることが重要なんですよね。

 それもこれまで耳タコになるぐらい言われて、よくわかっているんですけれどもね・・・寝ればそれでいいってもんじゃない。

 これまで病気のためにベッド上で時間を浪費してきた経験があるからかもしれませんが、ろくな作業もできずに1日が終わり、その後惰眠をむさぼるだけの毎日にガマンできなくなってしまうんです。結局、夜の深い時間にまで作業をして仕上げることを選び、朝型への移行はいつも元の木阿弥になるのでした。

toyamona.hatenadiary.jp

 夜は、集中して作業ができます。物をかいたり計算したり。そろそろ確定申告が気になっていますしね。日中だと、アレコレ用事が入ってどうも集中できない。手を付けたものでも、何かと途中で中断が入ることになるので完成に至らないで放置され、ボツになる。それが大きなストレスになります。

 今も、これを書いているのは午前中なんですが、頭が全然回りません。ガムを噛みながら片目を開けて書いているんですが、頭に靄と言うか霞がかかったような状態です。うっすら吐き気もついて回ります。食欲も湧かないですし。半分寝ているような夢遊病状態で、また体調の悪さを引きずって1日を過ごすことになりそうです。7時間も寝たのに、朝型期間はいつもこうです。

 夜型で回っている期間は、夜10時から4時頃が頭も冴えてゴールデンタイムかもしれません。明け方から5時間も寝ればぐっすり眠れますし、効率的なんですけれどもね。

 あー、時間がムダです。犠牲になるのは例えばこのブログ、具合が悪く能率が上がらないので、全然書く時間が持てません。(ここのところ更新しない言い訳💦)

 明日の早起きを最後に、しばらくは午前中の用事はなくなるので、そうしたらまた夜型に戻しても大丈夫。しばらく24時頃には眠くなってしまって作業にならなそうですが、朝起きて不調で1日潰れるのはもうご勘弁、それよりもよほどいいと自分では思います。精神衛生上、作業が捗らないのはしんどすぎます。

 あと1日だけ、早起き頑張ります!

惰眠の副産物、夢を見ています

 夜型人間の私が、こうやって朝型へ致し方なく移行している期間中は、体調キープのために多めに7~8時間も寝ることになります。そうじゃないと倒れちゃうので。

 寝ているのは寝ているのですが、睡眠は浅め。長~い夢を見ることが多く、全然ぐっすり寝た気がしません。起きるとグッタリします。

 昨日までの夢は忘れちゃいましたが、今朝の夢はまだ覚えているのでせっかくだから書いておこうかな。おつきあいください。

 ヨーロッパ圏のどこか、自分ではドイツかなと思っていたと思います。新緑の森に囲まれたきれいな湖があって、日差しが眩しい中を俯瞰で見ている私。飛行機にでも乗っていたのでしょうか。その湖畔のホテルに仕事で行ったような感じです。

 その仕事というのが、なんとガッキーの付き添い?ガッキーファンでもないですが、好きな方の女優さん。その人と同じホテルに宿泊して、あれこれ世話を焼いてくだらない会話をしていました。ただ、私は一足先にその日のうちに東京に戻らねばならない、ってことになって引継ぎやら帰り支度をしていました。

 夢の中のガッキーは、ご両親が住んでいる家がその湖の近くにあって、周辺について色々と良く知っていましたね。ご両親に会いに行かないの?と聞いたら、なんと次の場面ではご一家がホテルに泊まりに来ていて勢ぞろい。そして、どう見てもガッキーのご両親始め、ご家族の皆さんはヨーロッパの人種でした。そこで甘えてニコニコしているガッキー。そんな訳あるか、というのが夢の得意分野です。

 そこに合流してきたのが故人ではありますが川島なお美さん。とても元気でキラキラしていて、リアルでかなり以前、テレビ局で偶然お見かけした時よりも全然元気でした。もう帰っちゃうのーとか言われました。

 それで、寒いけど何かない?帰っちゃうならそれ荷物になるでしょ、貰ってもいい?と私のエメラルドグリーンのニットの大判ストールを所望されたので、あ、いいですよ~なんて本心とは裏腹にお渡ししたのでした。本心は、ぐすん、お気に入りだったのに、ですね。

 このストールの編み目と毛色はどこかで見たことがあるなと今思うと、中学か高校の頃に着ていたベスト・・・いやカーディガンだったかな?たぶんそれです。

 いざ東京に帰ろうとしたら、ヨーロッパのはずだった宿泊先のホテルは、埼玉県の北のホテルになっていました。たぶんヘリテージ。夜も9時を回り、東武で池袋に着いたらあとはタクシーで・・・とガッキーと会話して、でも会話の最中には外の緑を見渡しつつ、まだこんなに日が高いのにもったいない、なんて思っているんです。そこで夢から覚めたと思います。

 さすが、夢だけあって時間の感覚がぐちゃぐちゃです。埼玉北部から東京に帰るのに昼の日が高い時間に出て深夜になるなんて?それも午後9時過ぎのはずなら、いきなり白夜設定なんでしょうか。埼玉だけがそんなに緯度が高いわけありませんからね。

 しかし、こう書いてみると、不自然な部分に整合性を持たせようと頭が働いてしまうのか、書いている傍からぽろぽろと夢の細部が零れ落ちていきます。ガッキーとはもっと具体的にたーくさん会話していたんですけれど、何を話していたのだっけ?彼女はどう言ったのだっけ?

 彼女が何を身に着けていたかとか、よく見えていたのにもう覚えていないのがもったいないです(「鎌倉殿の13人」の八重さんスタイルではなかったです。どちらかと言うと「逃げ恥」の「みくり」のような)。

 自分が着ていた紺色のスーツなんか覚えていなくても良かったんですけどね。あ、そういえば、私も30代頃のようでした。発病前の私なんでしょうね、きっと。

 今回の夢も、眠りが浅い時によく見るカラフルでリアルに近い映像が脳内で展開されていました。以前、療養中に必ずと言っていいほどよく見ていた怖い夢が、最近はめっきり減ったのが救いです。

 まだやっぱり気持ち悪いですね・・・昼寝はしてしまいましょう。女優陣、また夢にキラキラと出てきてくれないかしら。服だけでもまた見せてほしいです。